・・・人間のプライドの窮極の立脚点は、あれにも、これにも死ぬほど苦しんだ事があります、と言い切れる自覚ではないか。私は丙種合格で、しかも貧乏だが、いまは遠慮する事は無い。東京名所は、更に大きい声で、「あとは、心配ないぞ!」と叫んだ。これからT・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ チャップリンよりもあるいはむしろロシアのエイゼンシュテインに文楽を見せて、そうして彼の理論に立脚した文楽論を聞く事ができたらさだめておもしろいことであろうと想像される、彼はおそらく左団次の修禅寺物語よりは数層倍多くの暗示と示唆を発見す・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・なんとなればわが国の映画製作者でも批評家でも日本固有文化に関心をもって、これに立脚して製作し批評しているらしい人は少なくも自分の目にはほとんど見当たらないからである。アメリカニズムのエロ姿によだれを流し、マルキシズムの赤旗に飛びつき、スター・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・いかなる赤誠があっても、それがその人一人の自我に立脚したものであって、そうしてその赤誠を固執し強調するにのみ急であって、環境の趨勢や民心の流露を無視したのでは、到底その機関の円滑な運転は望まれないらしい。内閣にしてもその閣僚の一人一人がいか・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・そういう詩形を可能ならしめる重大な原理がまさに日本人の自然観の特異性の中に存し、その上に立脚しているという根本的な事実を見のがしてはならない。そういう特異な自然観が国民全体の間にしみ渡っているという必須条件が立派に満足されているという事実を・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・同じ誤謬に立脚した変態の俳句などは、自分の皮膚の黄色いことを忘れた日本人のむだな訓練によってゆがめられた心にのみ感興を呼び起こすであろう。 この短詩形の中にはいかなるものが盛られるか。それはもちろん風雅の心をもって臨んだ七情万景であり、・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・この意味の危険を避けるために、どこまでも科学の立脚地たる経験的事実を見失わぬようにしなければならない。論理の糸を手繰って闇黒な想像の迷路を彷徨しているうちにどこかで新しい出口を見付け、そこで事実の日光にまともに出くわすまでは何事も主張する権・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・元々社会があればこそ義務的の行動を余儀なくされる人間も放り出しておけばどこまでも自我本位に立脚するのは当然だから自分の好いた刺戟に精神なり身体なりを消費しようとするのは致し方もない仕儀である。もっとも好いた刺戟に反応して自由に活力を消耗する・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・下宿を続けている僕と、新たに一戸を構えた君とは自から立脚地が違うからな」と言語はすこぶるむずかしいがとにかく余の説に賛成だけはしてくれる。この模様ならもう少し不平を陳列しても差し支はない。「まずうちへ帰ると婆さんが横綴じの帳面を持って僕・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ これらの条項を机の上に貼り附けるのは、学校の教師が、学校の課目全体を承知の上で、自己の受持に当るようなもので、自他の関係を明かにして、文学の全体を一目に見渡すと同時に、自己の立脚地を知るの便宜になる。今の評家はこの便宜を認めていない。・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
出典:青空文庫