・・・あの明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定して驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星と雖も除き去らずには措かぬと・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・―そういったあらゆる惨めな気持のものに打挫かれたような生活を送っていたのだったが、それにしても、実際の牢獄生活と較べてどれほど幸福な、自由な、静かな恵まれた生活であるかを思って、自分はなお自分の乏しい精力で、自分だけの仕事をして行こうという・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・冬はいじけ春はだらけ夏はやせる人でも、この季節ばかりは健康と精力とを自覚するだろう。それで季節が季節だけに自分のウォーズウォルス詩集に対する心持ちがやや変わって来た、少しはしんみりと詩の旨を味わうことができるようである。自分は南向きの窓の下・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 性の欲求、恋愛は人間の本性上、ことに男子にとっては、自由を欲するものであって、それはまた生活精力上、審美上、優生学上の機微とからまり、自然の不思議な意志が織りこまれているものである。この天然と生命との機微を無視するキリスト教的、人道主・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
この戯曲は私の青春時代の記念塔だ。いろいろの意味で思い出がいっぱいまつわっている。私はやりたいと思う仕事の志がとげられず、精力も野心も鬱積してる今日、青春の回顧にふけるようなことはあまりないが、よく質問されるので、この戯曲・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・そしてもう彼は人生の下り坂をよほどすぎて、精力も衰え働けなくなって来たのを自ら感じていた。十六からこちらへの経験によると、彼が困難な労働をして僅かずつ金を積んで来ているのに、醤油屋や地主は、別に骨の折れる仕事もせず、沢山の金を儲けて立派な暮・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・も濁った水も併せて飲むというような大腹中の人には、馬琴の小説はイヤに偏屈で、隅から隅まで尺度を当ててタチモノ庖丁で裁ちきったようなのが面白くなくも見えましょうが、それはそれとして置いて、馬琴の大手腕大精力と、それから強烈な自己の道義心と混淆・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・ このように非凡の健康と精力とを有して、その寿命を人格の琢磨と事業の完成とに利用しうる人びとにあっては、長寿はもっとも尊貴にしてかつ幸福であるのは、むろんである。 しかも、前にいったごとくに、こうした天稟・素質をうけ、こうした境界・・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 斯く非凡の健康と精力とを有して、其寿命を人格の琢磨と事業の完成とに利用し得る人々に在っては、長寿は最も尊貴にして且つ幸福なるは無論である。 而も前に言えるが如く、斯かる天稟・素質を享け、斯かる境界・運命に遇い得る者は、今の社会には・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・有り余る程の精力を持った彼は、これまで散々種々なことを経営して来て、何かまだ新規に始めたいとすら思っていた。彼は臥床の上にジッとして、書生や召使の者が起出すのを待っていられなかった。 でも、早く眼が覚めるように成っただけ、年を取ったか、・・・ 島崎藤村 「刺繍」
出典:青空文庫