・・・かつて横光利一が第四人称の私を発明した時既に生産文学に於ける人間と物との置き換えの準備がされたのであったといえば、「紋章」の作者は意外に感じるであろうか。 私小説的境地からの脱出として社会文学ということがいわれた時、文学は作者と作品の世・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 横光利一の「紋章」が、現在ブルジョア文学の上では非常な注目をひいているのであるが、その騒がれている心理的な背景は、この問題ときりはなして理解し得ないものであろうと考えられるのである。 数年前、プロレタリアートの擡頭とともに文学にお・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・広場には一本も木がなく正面には三つほどの入口が見えて居て中央の一番大きい入口の左右の二本柱に王家の紋章が彫られて居る。しおれかかった赤い花が一っかたまりその下に植えられて居る。家の壁と石造の四角な煙突に這いかかったつたが赤く光っ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・大日本帝国郵便と印刷され、天皇の紋章が真中についていたその下に、男と女で働く農民の図案がある。一言にいいあらわしきれない思いがした。 一銭という銭の単位は、数千万の金額の土台である。何百億という狂気めいた予算が丸のみされて、戦争は進めら・・・ 宮本百合子 「郵便切手」
・・・トインビーの等身大肖像画が壁にかかり大きなロンドン市紋章が樫の渋い腰羽目に向ってきわめて英国風にエナメルの紅と金を輝やかせつつ欄間にかかっている。タイムス。デイリー・メイル。デイリー・ミラア。新聞の散った小テーブルがゴシック窓の前にあって―・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫