・・・今頃なら霜解けを踏み荒した土に紙屑や布片などが浅猿しく散らばりへばりついている。晴れた日には庭一面におしめやシャツのような物を干す、軒下には缶詰の殻やら横緒の切れた泥塗れの女下駄などがころがっている。雨の日には縁側に乳母車があがって、古下駄・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・学位のねうちは下がるほど国家の慶事である。紙屑のような論文でも沢山に出るうちには偶にはいいものも出るであろうと思われる。 金を貰って学位を売るのはよくないであろうが、これより幾層倍悪い事があるまじき処に行われている世の中である。しかし、・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・ 彼は一度紙屑籠へほうり込んであった包み紙やひもや名あて札をもう一ぺん検査して見た。ひもにはりつけた赤い紙片の上にはってある切手の消印を読もうとして苦しんでいたが、消印はただ輪郭の円形がぼんやり見えるだけであった。「実に無責任だなあ」郵・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・とでも誌しておかないと自分が死んだあとでは、紙屑になってしまうだろうと思う。 こんな事を書いていたら、急に三十年来行ったことのない鶯横町へ行ってみたくなった。日曜の午後に谷中へ行ってみると寛永寺坂に地下鉄の停車場が出来たりしてだいぶ・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・を植えた畠や、草の生えた空地の間に釣舟屋が散在しているばかりであったが、その後散歩するごとに、貸家らしい人家が建てられ、風呂屋の烟突が立ち、橋だもとにはテント張りの休茶屋が出来、堤防の傾斜面にはいつも紙屑や新聞紙が捨ててあるようになった。乗・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・しかのみならず今日に至ては、その御広間もすでに湯屋の薪となり、御記録も疾く紙屑屋の手に渡りたるその後において、なお何物に恋々すべきや。また今の旧下士族が旧上士族に向い、旧時の門閥虚威を咎めてその停滞を今日に洩らさんとするは、空屋の門に立て案・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ 二人はあんまり心を痛めたために、顔がまるでくしゃくしゃの紙屑のようになり、お互にその顔を見合せ、ぶるぶるふるえ、声もなく泣きました。 中ではふっふっとわらってまた叫んでいます。「いらっしゃい、いらっしゃい。そんなに泣いては折角・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・毎月毎月彼那にも沢山出る雑誌に、彼那にも沢山の作品が載りながら結局は、紙屑を拵えているのかと思う。いくら彼方此方の大学で一生懸命に「短篇小説作法」を講義していても、講義し切れないものがあるのだから恐ろしい。真個にひとのことではないと思う。さ・・・ 宮本百合子 「最近悦ばれているものから」
・・・どうせお手習いでしたろうが、私は、ああいう気質の父がどんな漫画をかいたのであろうか、と大変興味があります。紙屑でも、北沢さんがもしまだお捨てになっていないのならいただきたいと考えております。伊東忠太氏が漫画をかかれます。練達とともに非常に或・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・大きな紙屑籠、重ねあげられた書類、ひとり女が仕事している。 ――御用ですか? 赤鉛筆で何か書類に棒をひきながら、 ――対外文化連絡協会から電話があったろうと思いますが……日本から来たものです。 ――ああ。 顔をあげて、並・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫