・・・が、その眉間の白毫や青紺色の目を知っているものには確かに祇園精舎にいる釈迦如来に違いなかったからである。 釈迦如来は勿論三界六道の教主、十方最勝、光明無礙、億々衆生平等引導の能化である。けれどもその何ものたるかは尼提の知っているところで・・・ 芥川竜之介 「尼提」
・・・ 早く見つけたつばめは、それをまだ知らない友だちに告げるために、空高く舞い上がって、紺色の美しい翼をひるがえしながら、「赤い船がきましたよ。さあ、もう私たちは、立つときです。どうか、遠方にいるお友だちに知らせてください。」といいまし・・・ 小川未明 「赤い船とつばめ」
・・・私はいちども振りかえらぬのである。翌る日から、また粒粒の小金を貯めにとりかかるのであった。 決闘の夜、私は「ひまわり」というカフェにはいった。私は紺色の長いマントをひっかけ、純白の革手袋をはめていた。私はひとつカフェにつづけて二度は行か・・・ 太宰治 「逆行」
・・・梅林の奥、公園外の低い人家の屋根を越して西の大空一帯に濃い紺色の夕雲が物すごい壁のように棚曳き、沈む夕日は生血の滴る如くその間に燃えている。真赤な色は驚くほど濃いが、光は弱く鈍り衰えている。自分は突然一種悲壮な感に打たれた。あの夕日の沈むと・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ うしろのまっ黒なびろうどの幕が両方にさっと開いて顔の紺色な髪の火のようなきれいな女の子がまっ白なひらひらしたきものに宝石を一杯につけてまるで青や黄色のほのおのように踊って飛び出しました。見物はもうみんなきちがい鯨のような声で「ケテ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ 平凡でただゆったりしているのが便利な私の机の上にいつもあるのは、山羊の焼物の文鎮、紺色のこれも焼物の硯屏。それからそこいらの文房具屋にざらにあるガラスのペン皿。そのなかには青赤エンピツだの小鋏、万年筆、帳綴じの類が入っている。アテナ・・・・ 宮本百合子 「机の上のもの」
・・・ 浅草に行って その晩私は水色の様な麻の葉の銘仙に鶯茶の市松の羽織を着て匹田の赤い帯をしめて、髪はいつもの様に中央から二つに分けて耳んところでリボンをかけて居ました。紺色のカシミヤの手袋をはめて、白い大きな皮のえり巻・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫