・・・「顔も洗わずに結婚式を挙げるのは、君ぐらいのものだ。まアいい。さア行こう」 と、手を取ると、「一寸待ってくれ。これから中央局へ廻ってこの原稿を速達にして来なくっちゃ、間に合わんのだ」「原稿も原稿だが、式も間に合わないよ」・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ しかし、娘さんの両親は、結婚式はこんど晴れて帰還されてからにしたい。それまでは一先ず婚約という形式にしたいと申出た。なんといってもまだ若い、急ぐに及ばないという意見であった。いくらかの不安もあったろうか。 ところが、すっかりその娘・・・ 織田作之助 「十八歳の花嫁」
・・・そしてともかくその庭で神聖な結婚式を挙げねばならぬ。 嫌悪すべき壮年期が如何に人生のがらくたを一杯引っくり返してあらわれてこようとも、せめて美しく、清らかな青春時代を持たねばならぬ。ましてその青春を学窓にあってすごし得ることは、五百人に・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・大隅君は、結婚式の日まで一週間、私の家に滞在する事になっているのだ。私は、大隅君に叱られても黙って笑っていた。大隅君は五年振りで東京へ来て、謂わば興奮をしているのだろう。このたびの結婚の事に就いては少しも言わず、ひたすら世界の大勢に就き演説・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ 三十歳のお正月に、私は現在の妻と結婚式を挙げたのであるが、その時にも、すべて中畑さんと北さんのお世話になってしまった。当時、私はほとんど無一文といっていい状態であった。結納金は二十円、それも或る先輩からお借りしたものである。挙式の費用・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・どんな豪勢なステージでも、結婚式場でも、こんなにたくさんの花をもらった人はないだろう。花でめまいがするって、そのとき初めて味わった。その真白い大きい大きい花束を両腕をひろげてやっとこさ抱えると、前が全然見えなかった。親切だった、ほんとうに感・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・これは、私の結婚式の時に用いただけで、家内は、ものものしく油紙に包んで行李の底に蔵している。家内は之を仙台平だと思っている。結婚式の時にはいていたのだから仙台平というものに違い無いと、独断している様子なのである。けれども、私は貧しくて、とて・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ 夜のしらじらと明けそめたころ、私はその青年と少女とのつつましい結婚式の描写を書き了えた。私は奇しきよろこびを感じつつ、冷たい寝床へもぐり込んだ。 眼がさめると、すでに午後であった。日は高くあがっていて、凧の唸りがいくつも聞えた。私・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・この妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、花婿として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・いよいよ結婚式というその前夜、こんな吹出物が、思いがけなく、ぷつんと出て、おやおやと思うまもなく胸に四肢に、ひろがってしまったら、どうでしょう。私は、有りそうなことだと思います。吹出物だけは、ほんとうに、ふだんの用心で防ぐことができない、何・・・ 太宰治 「皮膚と心」
出典:青空文庫