・・・私は、それをたどって行き、家庭のエゴイズム、とでもいうべき陰鬱な観念に突き当り、そうして、とうとう、次のような、おそろしい結論を得たのである。 曰く、家庭の幸福は諸悪の本。 太宰治 「家庭の幸福」
・・・私はこのごろ、たいへん酷烈な結論を一つ発見いたしました。貴族はエゴイストだ、という動かぬ結論でございます。いいえ、なんにもおっしゃいますな。やっぱり、ご自分おひとりのことしか考えて居りませぬ。ご自分おひとりの恰好のためにのみ、死ぬるばかり苦・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ 到底分らないような複雑な事は世人に分りやすく、比較的簡単明瞭な事の方が却って分りにくいというおかしな結論になる訳であるが、これは「分る」という言葉の意味の使い分けである事は勿論である。 アインシュタインの仕事の偉大なものであり、彼・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・単に素養が増し智能が増すという『量的』の前提から、天才が増すというような『質的』の向上を結論するのは少し無理ではないか。」こう云った時にアインシュタインの顔が稲妻のようにちょっとひきつったので、何か皮肉が出るなと思っていると、果して「自然が・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・何かの思想あるいは何かの発明の起源を捜そうとする労力は、太陽の下に新しき物なしというあっけない結論に終るに極っている。そうかと云って本当に偉大なものが全くの借り物であるという事もありようはない。それで何でも人からくれるものが善いものであれば・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・私の結論はそれだけに過ぎない。ああなさいとか、こうしなければならぬとか云うのではない。どうすることもできない、実に困ったと嘆息するだけで極めて悲観的の結論であります。こんな結論にはかえって到着しない方が幸であったのでしょう。真と云うものは、・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・余のごとき頭脳不透明なるものは理窟を承わるより結論だけ呑み込んで置く方が簡便である。「ああ、つまりそこへ帰着するのさ。それにこの本にも例が沢山あるがね、その内でロード・ブローアムの見た幽霊などは今の話しとまるで同じ場合に属するものだ。な・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・に行かなかったのは余の幸であるかはた不幸であるか、考うること四十八時間ついに判然しなかった、日本派の俳諧師これを称して朦朧体という 忘月忘日 数日来の手痛き経験と精緻なる思索とによって余は下の結論に到着した自転車の鞍とペダルとは・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・綜合というのは、これに反し定義、要請、公理等の過程によって結論を証明する、いわゆる幾何学的方法である。而して彼は彼の『省察録』において専ら分析的方法を取ったという。何となれば、幾何学においては、その根本概念が感官的直観と一致するが故に、それ・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・あまりいうと、女房に悪いから結論は出さないでおこう。 火野葦平 「ゲテ魚好き」
出典:青空文庫