・・・ ――覚えていますが、その時、ちゃら金が、ご新姐に、手づくりのお惣菜、麁末なもの、と重詰の豆府滓、……卯の花を煎ったのに、繊の生姜で小気転を利かせ、酢にしたしこいわしで気前を見せたのを一重。――きらずだ、繋ぐ、見得がいいぞ、吉左右! と・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ わびしかるべき茎だちの浸しもの、わけぎのぬたも蒔絵の中。惣菜ものの蜆さえ、雛の御前に罷出れば、黒小袖、浅葱の襟。海のもの、山のもの。筍の膚も美少年。どれも、食ものという形でなく、菜の葉に留まれ蝶と斉しく、弥生の春のともだちに見える。…・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・……夜はお姑のおともをして、風呂敷でお惣菜の買ものにも出ますんです。――それを厭うものですか。――日本橋の実家からは毎日のおやつと晩だけの御馳走は、重箱と盤台で、その日その日に、男衆が遠くを自転車で運ぶんです。が、さし身の角が寝たと言っては・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・「春時分は、筍が掘って見たい筍が掘って見たいと、御主人を驚かして、お惣菜にありつくのは誰さ。……ああ、おいしそうだ、頬辺から、菓汁が垂れているじゃありませんか。」 横なでをしたように、妹の子は口も頬も――熟柿と見えて、だらりと赤い。・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・家の惣菜なら不味くても好いが、余所へ喰べに行くのは贅沢だから選択みをするのが当然であるというのが緑雨の食物哲学であった。その頃は電車のなかった時代だから、緑雨はお抱えの俥が毎次でも待ってるから宜いとしても、こっちはわざわざ高い宿俥で遠方まで・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・長い月日の間、私はこんな主婦の役をも兼ねて来て、好ききらいの多い子供らのために毎日の総菜を考えることも日課の一つのようになっていた。「待てよ。おれはどうでもいいが、送別会のおつきあいに鮎の一尾ももらって置くか。」 と、私はお徳に話し・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ そういう考えからすれば、あまり純粋な化学薬品のような知識を少数に授けるよりは、草根木皮や総菜のような調剤と献立を用いることもまた甚だ必要なことと思われて来る。つまりここで謂うレビュー式教育も甚だ結構だということになるのである。 そ・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
白菜と豚の三枚肉のお鍋 そろそろ夜がうすら寒くなってくると家でよくするお惣菜の一つです。白菜を四糎位に型をくずさない様にぶつぶつ切りまして、三枚肉は普通に切ったのを一緒に水をたっぷり入れてはじめからあ・・・ 宮本百合子 「十八番料理集」
・・・ 高札 いつも通る横丁があって、そこには朝鮮の人たちの食べる豆もやし棒鱈類をあきなう店だの、軒の上に猿がつながれている乾物屋だの、近頃になって何処かの工場の配給食のお惣菜を請負ったらしく、見るもおそろしいよ・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・メーデーであるきょうも、行進とともにすすむ歌声をよそに家庭の婦人は、小さい子供たちの手をひき背中に赤ちゃんをおんぶして、汗ばむようになったのにさっぱりした袷もないと思いながら、闇市で晩のお惣菜をあさらなければなりません。メーデーは、外で働い・・・ 宮本百合子 「メーデーと婦人の生活」
出典:青空文庫