・・・ もう、水の中に入らねばしのげないという日盛りの暑さでもないのに、夕方までグラウンドで練習していた野球部の連中が、泥と汗とを洗い流し、且つは元気をも誇るために、例の湖へ出かけて泳いだ。 ところがその中の一人が、うまく水中に潜って見せ・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・四月八日 水、今日は実習はなくて学校の行進歌の練習をした。僕らが歌って一年生がまねをするのだ。けれどもぼくは何だか圧しつけられるようであの行進歌はきらいだ。何だかあの歌を歌うと頭が痛くなるような気がする。実習のほうが却っていいく・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・競馬に出る馬なんか練習をしていないといけないんだい。」三郎が言いました。「よしおらこの馬だぞ。」「おらこの馬だ。」「そんならぼくはこの馬でもいいや。」みんなは楊の枝や萱の穂でしゅうと言いながら馬を軽く打ちました。 ところが馬・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ ひるすぎみんなは楽屋に円くならんで今度の町の音楽会へ出す第六交響曲の練習をしていました。 トランペットは一生けん命歌っています。 ヴァイオリンも二いろ風のように鳴っています。 クラリネットもボーボーとそれに手伝っています。・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・三郎が机の蓋をあけて本や練習帖を出しながら上のそらで答えました。二課業がすんでキッコがうちへ帰るときは雨はすっかり晴れていました。あちこちの木がみなきれいに光り山は群青でまぶしい泣き笑いのように見えたのでした。けれどもキ・・・ 宮沢賢治 「みじかい木ぺん」
・・・ 教室へ入って行って見ると、仕事着を着た男女生徒が、旋盤に向って注意深く作業練習をしているところである。ひろい窓から日光が一杯さしている教室中は森として、機械の音だけが響いている。もう白い髪をした指導者が一人一人の側によって仕事ぶりを親・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・だって一心に練習なさっているとき、舞台にいらっしゃるとき、云ってみれば寒さ知らずでいらっしゃるでしょう。私たちのように凝っと机にかじりついているものは、冬は炭のいるのを気兼ねしいしいというのでやり切れないところがあります。第一に手がかじかん・・・ 宮本百合子 「裏毛皮は無し」
・・・その門の翼がパァラーで主人Sの話し声がし、右手ではK女史のア、ア、ア、ア、という発声練習が響いているという工合。家全体は異様に大時代で、目を瞠らせる。そして道を距てた前に民芸館と称する、同スタイルの大建築がまるで戦国時代の城のように建ちかけ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そのままピアノが鳴り出せば、ほっとして発声の練習に入るのであったが、さもないときは、焦立たしさを仄めかした眉目の表情と声の抑揚とで、その生徒の名がよばれ、その髪はもうすこし何とかならないんですか、といわれるのであった。 二人の生徒のその・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・技師の家で一泊した翌朝、梶は栖方と技師と高田と四人で丘を降りていったとき、海面に碇泊していた潜水艦に直撃を与える練習機を見降ろしながら、技師が、「僕のは幾ら作っても作っても、落される方だが、栖方のは落とす方だからな、僕らは敵いませんよ。・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫