・・・「ところが外へ出て見ると、その晩はちょうど弥勒寺橋の近くに、薬師の縁日が立っている。だから二つ目の往来は、いくら寒い時分でも、押し合わないばかりの人通りだ。これはお蓮の跡をつけるには、都合が好かったのに違いない。牧野がすぐ後を歩きながら・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・大徳院の縁日に葡萄餅を買ったのもその頃である。二州楼の大広間に活動写真を見たのもその頃である。「本所深川はまだ灰の山ですな。」「へええ、そうですかねえ。時に吉原はどうしたんでしょう?」「吉原はどうしましたか、――浅草にはこの頃お・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・扉を開いてはいって来た毛利先生は、何より先その背の低いのがよく縁日の見世物に出る蜘蛛男と云うものを聯想させた。が、その感じから暗澹たる色彩を奪ったのは、ほとんど美しいとでも形容したい、光滑々たる先生の禿げ頭で、これまた後頭部のあたりに、種々・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・彼の名はヤコフ・イリイッチと云って、身体の出来が人竝外れて大きい、容貌は謂わばカザン寺院の縁日で売る火難盗賊除けのペテロの画像見た様で、太い眉の下に上睫の一直線になった大きな眼が二つ。それに挾まれて、不規則な小亜細亜特有な鋭からぬ鼻。大きな・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
縁日 柳行李 橋ぞろえ 題目船 衣の雫 浅緑記念ながらと散って、川面で消えたのが二ツ三ツ、不意に南京花火を揚げたのは寝ていたかの男である。 斉しく左右へ退いて、呆気に取られた連の両人を顧みて・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ この七の日は、番町の大銀杏とともに名高い、二七の不動尊の縁日で、月六斎。かしらの二日は大粒の雨が、ちょうど夜店の出盛る頃に、ぱらぱら生暖い風に吹きつけたために――その癖すぐに晴れたけれども――丸潰れとなった。……以来、打続いた風ッ吹き・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・「そうか、その木戸の前に、どこか四ツ谷辺の縁日へでも持出すと見えて、女郎花だの、桔梗、竜胆だの、何、大したものはない、ほんの草物ばかり、それはそれは綺麗に咲いたのを積んだまま置いてあった。 私はこう下を向いて来かかったが、目の前をち・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ が、一夏縁日で、月見草を買って来て、萩の傍へ植えた事がある。夕月に、あの花が露を香わせてぱッと咲くと、いつもこの黄昏には、一時留り餌に騒ぐのに、ひそまり返って一羽だって飛んで来ない。はじめは怪しんだが、二日め三日めには心着いた。意気地・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・――しかし弁財天の御縁日だというので、やがて、皆が。――巳の時様、とそう云っているのでございます。朝に晩に、聞いて存じながら、手前はまだ拝見しません。沼津、三島へ出ますにも、ここはぐっと大廻りになります。出掛けるとなると、いつも用事で、忙し・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・――近頃は東京では、場末の縁日にも余り見掛けなくなりました。……これは静でしょうな。裏を返すと弁慶が大長刀を持って威張っている。……その弁慶が、もう一つ変ると、赤い顱巻をしめた鮹になって、踊を踊るのですが、これには別に、そうした仕掛も、から・・・ 泉鏡花 「山吹」
出典:青空文庫