・・・第四ページは消防隊の繰り出す威勢のいいシーン。次は消防作業でポンプはほとばしり消防夫は屋根に上がる。おかしいのはポンプが手押しの小さなものである。次は二人の消防夫が屋根から墜落。勇敢なクジマ、今までに四十人の生命を助け十回も屋根からころがり・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・向うが少しでも同意したら、すぐ不平の後陣を繰り出すつもりである。「なるほど真理はその辺にあるかも知れん。下宿を続けている僕と、新たに一戸を構えた君とは自から立脚地が違うからな」と言語はすこぶるむずかしいがとにかく余の説に賛成だけはしてく・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・正義と云い人道と云うは朝嵐に翻がえす旗にのみ染め出すべき文字で、繰り出す槍の穂先には瞋恚のほむらが焼け付いている。狼は如何にして鴉と戦うべき口実を得たか知らぬ。鴉は何を叫んで狼を誣ゆる積りか分らぬ。只時ならぬ血潮とまで見えて迸ばしりたる酒の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ さほ子は、頭の中から考えを繰り出すように厳かに云った。「お医者に云われたことにするの。私も一緒に行かなければならないから、留守番が入用るでしょう? あの人じゃ、独りで置けないわ。ね。だから、れんを又呼んで、代って貰うことにするの」・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・新しいソヴェトがどんないい工場を持ってるか、集団農場、国営農場はどんなにやっているか、都会の工場からの代表が一大隊繰り出すのにもよく出逢う。 父親や兄が職場からそうして珍らしいところを見学しながら休む時、子供連は、ではどうしてるか?・・・ 宮本百合子 「ソヴェト労働者の夏休み」
・・・ 多勢の友達を囲りに坐らせて、キラキラと光るように綺麗な面白い話を、糸を繰り出すように後から後からと話していたときの、あんなにも楽しく仕合わせだった自分。 美くしい絵や、花床や、珠飾りを見ながら、心の中にいつの間にか滑りこんで来る仙・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・しかしそのガラス戸は、全然日本風の引き戸で、勾欄の外側へちょうど雨戸のように繰り出すことになっていたから、冬はこの廊下がサン・ルームのようになったであろう。漱石の作品にある『硝子戸の中』はそういう仕掛けのものであった。そこで廊下から西洋風の・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫