・・・ 影の多い書斎で、わびしい気持で、古雑誌などを繰り返して居る私は、ほんとに何だかみじめな、すねものの様に見える。 遠くの方から、ザザーッと、波の寄せる様な音をたてて風の渡って来るのを聞くと、秋の末の、段々寒さに向う頃の様な日和だと染・・・ 宮本百合子 「雨の日」
・・・』と繰り返して言って、立ち去った。 そしてかれは伍長に従って行った。 市長は安楽椅子にもたれて、彼を待っていた。この市長というは土地の名家で身の丈高く辞令に富んだ威厳のある人物であった。『アウシュコルン、』かれは言った、『今・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・と、何度願っても、同じことを繰り返して言うのである。 一体忠利は弥一右衛門の言うことを聴かぬ癖がついている。これはよほど古くからのことで、まだ猪之助といって小姓を勤めていたころも、猪之助が「ご膳を差し上げましょうか」と伺うと、「まだ空腹・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・と云った。「アンドレアス・ツァウォツキイです。」「何歳になる。」「三十二になります。」「生れは。」 ツァウォツキイは黙っていた。 役人はそれでも顔を挙げずに、「生れは」と繰り返してすぐに自分で、「不明だな」と云い足し・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・また、海軍との関係の成立した日の腹痛の翌日、新飛行機の性能実験をやらされたとき、栖方は、垂直に落下して来る機体の中で、そのときでなければ出来ない計算を四度び繰り返した話もした。そして、尾翼に欠点のあることを発見して、「よくなりますよ。あの飛・・・ 横光利一 「微笑」
・・・仰って、いまは、透き通るようなお手をお組みなされ、暫く無言でいらっしゃる、お側へツッ伏して、平常教えて下すった祈願の言葉を二た度三度繰返して誦える中に、ツートよくお寐入なさった様子で、あとは身動きもなさらず、寂りした室内には、何の物音もなく・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・ とはいえ、自分の才能のことは繰り返し繰り返し問題になります。そうして才能を重大視するなといういろいろの人の言葉が、私の底冷えのしている心に温かい慰めを与えてくれます。天才は勉強だ、彼らの才能はさほど特殊なものではない、才能少なくして偉・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫