・・・ 水車は川向にあってその古めかしい処、木立の繁みに半ば被われている案排、蔦葛が這い纏うている具合、少年心にも面白い画題と心得ていたのである。これを対岸から写すので、自分は堤を下りて川原の草原に出ると、今まで川柳の蔭で見えなかったが、一人・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ もう何事も考えまいと思ったが、熱のために乱れた頭にはさっきまで考えていたような事がうるさく附き纏うて来る。そして脳が過敏になっているためか、不断はまるで忘れていたような事まで思い出して来る。自分は子供の時から絵が好きで、美しい絵を見れ・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・それにもかかわらず、美しい五彩の簑を纏うた虫の心象だけは今も頭の中に呼び出す事が出来る。ところが、つい近頃私の子供等がやはり祖母にこの話を聞いて私の失敗した経験を繰返していたようである。いったいこの話は事実であろうか。事実であるとしても稀有・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・手頸を纏う黄金の腕輪がきらりと輝くときランスロットの瞳はわれ知らず動いた。「さればこそ!」と女は繰り返す。「薔薇の香に酔える病を、病と許せるは我ら二人のみ。このカメロットに集まる騎士は、五本の指を五十度繰り返えすとも数えがたきに、一人として・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・極の野蛮時代で人のお世話には全くならず、自分で身に纏うものを捜し出し、自分で井戸を掘って水を飲み、また自分で木の実か何かを拾って食って、不自由なく、不足なく、不足があるにしても苦しい顔もせずに我慢をしていれば、それこそ万事人に待つところなき・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・玉を並べた様な鋲の一つを半ば潰して、ゴーゴン・メジューサに似た夜叉の耳のあたりを纏う蛇の頭を叩いて、横に延板の平な地へ微かな細長い凹みが出来ている。ウィリアムにこの創の因縁を聞くと何にも云わぬ。知らぬかと云えば知ると云う。知るかと云えば言い・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・絹帽を潰したような帽子を被って美術学校の生徒のような服を纏うている。太い袖の先を括って腰のところを帯でしめている。服にも模様がある。模様は蝦夷人の着る半纏についているようなすこぶる単純の直線を並べて角形に組み合わしたものに過ぎぬ。彼は時とし・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・何故、金持の後とり娘だと云うと多勢の青年がつき纏うか。どうして、血で血を洗う相続争いが頻出するかと詰問されるでしょう。 確に、それは世上の大半を覆うている事実です。けれども亦、私の書き連ねた一面も、動かすことの出来ない実相です。私共が箇・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫