・・・例えば忠義正直というが如き、政治上の美徳にして、甚だ大切なるものなれども、人に教うるに先ずこの公徳を以てして、居家の私徳を等閑にするにおいては、あたかも根本の浅き公徳にして、我輩は時にその動揺なきを保証する能わざるものなり。 そもそも一・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・に対しては恰も痛痒相感ぜざるがごとくなるのみならず、陰陽表裏共に自家の利益栄誉を主張してほとんど至らざるところなく、そのこれを主張することいよいよ盛なる者に附するに忠君愛国等の名を以てして、国民最上の美徳と称するこそ不思議なれ。故に忠君愛国・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ 男が主になってあらゆることを処理してゆく社会の中で、女に求められた女らしさ、その受け身な世のすごしかたに美徳を見出した根本態度は、社会の歴史の進む足どりの速さにつれて、今日の現実の中では、男自身、女自身の実感のなかで、きわめてずれた形・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・一種の人間としての魅力が、普通考える美点、美徳でない場合も多くあります。私は男にしろ、女の人にしろ、人生に其の人としての感情、見方をはっきり持っているのを見ると、心を惹かれ興味を覚えます。情感のゆたかな深い点に触れ得る人は好しいものです。・・・ 宮本百合子 「異性の何処に魅せられるか」
・・・ よく人は容貌によって愛す愛さないと云う事はないと云うけれ共、一目見て不愉快な感じをあたえる顔をしたものをこの上なく愛すと云う事は人にまれな美徳なり技術なりがその醜さを被うて居る時ででもなければ大抵は出来ないものである。 まして何の・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・第二部で、より大きい善、人間の美徳、平和な建設を実現する可能をゆるされている能力として権力を見出している。現代でいえば一つの都市ぐらいしかなかった十九世紀初頭のドイツ小王国ワイマールの学友宰相であったゲーテは、その時代の性格とその政治生活の・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・という封建的な立場に立った感情を婦人の心に強くめざめさすことは食うに食えなくなった家のために話にならぬほどの低賃銀で十三時間も働かせられたり、有毒な仕事にこき使われたりすることをも、忍耐強い日本婦人の美徳として自分自身満足するよう、たくみに・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・斯様な批評を下す人は従来日本の女性が魂まで殺戮されて来た半婢半娼の待遇を、家長――男性の女性に対すべき態度だと思い、その無自覚な沈黙と奴隷的な服従とを女性の誇るべき美徳と妄信する輩でございます。彼の渾沌たる智は、「今」に発育しつつある文明の・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 人間の美徳も悪徳も社会的関係によるものであることを理解したのは、十九世紀の歴史的な勝利であった。更に、その現実社会に、極めて現実的に揉まれ、「観察する芸術家には事物が一番見よいに違いない場所」即ち社会の「下から、群集に混って困苦と苦闘・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・それは美徳である。自分の行為が美徳に合うことは喜ばしくないでもないが、私はその美徳のためにのみこの挙に出づるのではない。発表した方が愉快だからである。即ち身勝手である。八 第一に指摘してくれられたのは、興行の時メフィストフェ・・・ 森鴎外 「不苦心談」
出典:青空文庫