・・・ が、その影が映すと、半ば埋れた私の身体は、ぱっと紫陽花に包まれたように、青く、藍に、群青になりました。 この山の上なる峠の茶屋を思い出す――極暑、病気のため、俥で越えて、故郷へ帰る道すがら、その茶屋で休んだ時の事です。門も背戸も紫・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・その草の中を、あたかも、ひらひら、と、ものの現のように、いま生れたらしい蜻蛉が、群青の絹糸に、薄浅葱の結び玉を目にして、綾の白銀の羅を翼に縫い、ひらひら、と流の方へ、葉うつりを低くして、牡丹に誘われたように、道を伝った。 またあまりに儚・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・茶店の横にも、見上るばかりの槐榎の暗い影が樅楓を薄く交えて、藍緑の流に群青の瀬のあるごとき、たらたら上りの径がある。滝かと思う蝉時雨。光る雨、輝く木の葉、この炎天の下蔭は、あたかも稲妻に籠る穴に似て、もの凄いまで寂寞した。 木下闇、その・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 山藤が紫に、椿が抱いた、群青の巌の聳えたのに、純白な石の扉の、まだ新しいのが、ひたと鎖されて、緋の椿の、落ちたのではない、優い花が幾組か祠に供えてあった。その花には届くが、低いのでも階子か、しかるべき壇がなくては、扉には触れられない。・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・一つは曲水の群青に桃の盃、絵雪洞、桃のような灯を点す。……ちょっと風情に舞扇。 白酒入れたは、ぎやまんに、柳さくらの透模様。さて、お肴には何よけん、あわび、さだえか、かせよけん、と栄螺蛤が唄になり、皿の縁に浮いて出る。白魚よし、小鯛よし・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・なるほど小さい、白魚ばかり、そのかわり、根の群青に、薄く藍をぼかして尖の真紫なのを五、六本。何、牛に乗らないだけの仙家の女の童の指示である……もっと山高く、草深く分入ればだけれども、それにはこの陽気だ、蛇体という障碍があって、望むものの方に・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・椿岳の泥画 椿岳の泥画というは絵馬や一文人形を彩色するに用ゆる下等絵具の紅殻、黄土、丹、群青、胡粉、緑青等に少量の墨を交ぜて描いた画である。そればかりでなく泥面子や古煉瓦の破片を砕いて溶かして絵具とし、枯木の枝を折って筆とした事もあ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・海を隔ててはるかの向こうに群青色の山々が異常に高くそびえ連なっている。山々の中腹以下は黄色に代赭をくま取った雲霧に隠れて見えない。すべてが岩絵の具でかいた絵のように明るく美しい色彩をしている。もちろん土佐の山々だろうと思って、子供の時から見・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・例えば一見甚だ陰鬱な緑色のセピアとの配合、強烈に過ぎはしないかと疑われる群青と黄との対照、あるいは牡丹の花などにおける有りとあらゆる複雑な紫色の舞踏、こういうようなものが君の絵に飽かざる新鮮味を与え生気を添えている。こういう点だけでも自分の・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・向うの方ではまるで泣いたばかりのような群青の山脈や杉ごけの丘のようなきれいな山にまっ白な雲が所々かかっているだろう。すぐ下にはお苗代や御釜火口湖がまっ蒼に光って白樺の林の中に見えるんだ。面白かったねい。みんなぐんぐんぐんぐん走っているんだ。・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
出典:青空文庫