・・・ただ一撃ちに羽翼締めだ。否も応も言わせるものか。しかし彼の容色はほかに得られぬ。まずは珍重することかな。親父親父。親父は必ず逃がさんぞ。あれを巧く説き込んで。身脱けの出来ぬおれの負債を。うむ、それもよしこれもよし。さて謀をめぐらそうか。事は・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ゆききし、もし五月雨降りつづくころなど、荷物曳ける駄馬、水車場の軒先に立てば黒き水は蹄のわきを白き藁浮かべて流れ、半ば眠れる馬の鬣よりは雨滴重く滴り、その背よりは湯気立ちのぼり、家鶏は荷車の陰に隠れて羽翼振るうさまの鬱陶しげなる、かの青年は・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・極端な束縛とヒステリーとは夫の人物を小さくし、その羽翼をぐばかりでなく、また男性に対する目と趣味との洗練されてないことを示すものに外ならない。 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・また恋をしたいたッて、美しい鳥を誘う羽翼をもう持っておらない。と思うと、もう生きている価値がない、死んだ方が好い、死んだ方が好い、死んだ方が好い、とかれは大きな体格を運びながら考えた。 顔色が悪い。眼の濁っているのはその心の暗いことを示・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・鳩や山鴫のような鳥類が目にも止まらぬような急速度で錯雑した樹枝の間を縫うて飛んで行くのに、決して一枚の木の葉にも翼を触れるような事はない、これは鳥の目の調節の速さと、その視覚に応じて反射的に行なわれる羽翼の筋肉の機制の敏活を物語るものである・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・これは鳥の眼の調節の速さと、その視覚に応じて反射的に行われる羽翼の筋肉の機制の敏活を物語るものである。もし吾々人間にこの半分の能力があれば、銀座の四つ角で自動車電車の行き違う間を、巡査やシグナルの助けを借りずとも自由自在に通過することが出来・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・近頃流行る飛行機でもその通りで、いろいろ学理的に考えた結果、こういう風に羽翼を附けてこういうように飛ばせば飛ばぬはずはないと見込がついた上でさて雛形を拵えて飛ばして見ればはたして飛ぶ。飛ぶことは飛ぶので一応安心はするようなもののそれに自分が・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・近年の男子中には往々此道を知らず、幼年の時より他人の家に養われて衣食は勿論、学校教育の事に至るまでも、一切万事養家の世話に預り、年漸く長じて家の娘と結婚、養父母は先ず是れにて安心と思いの外、この養子が羽翼既に成りて社会に頭角を顕すと同時に、・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫