・・・そして終夜働いて、翌日はあの戦争。敵の砲弾、味方の砲弾がぐんぐんと厭な音を立てて頭の上を鳴って通った。九十度近い暑い日が脳天からじりじりと照りつけた。四時過ぎに、敵味方の歩兵はともに接近した。小銃の音が豆を煎るように聞こえる。時々シュッシュ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ホテルへ乗って帰る車の中に物を置けば、それが翌日は帰って来るということが分からないのではない。とにかく今夜一晩だけでもあの包みなしに安眠したいと思ったのである。明朝になったなら、またどうにかしようというのであった。しかしそれは画餅になった。・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ 翌日自動車で鬼押出の溶岩流を見物に出かけた。千ヶ滝から峰の茶屋への九十九折の坂道の両脇の崖を見ると、上から下まで全部が浅間から噴出した小粒な軽石の堆積であるが、上端から約一メートルくらい下に、薄い黒土の層があって、その中に樹の根や草の・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・ その日は、それで一里のあいだ皆さんに送って頂いて、後は車に積んで元町まで持込んで来ました。 その翌日が愈々此処で葬礼と云うことなんで、その時隊の方から見送って下さったのが三本筋に二本筋、少尉が二タ方に下副官がお一方……この下副官の・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・―― 高島が鹿児島へ発った翌日の夕方、三吉は例のように熊本城の石垣にそうて、坂をくだってきて、鉄の門のむこうの時計台をみあげてから、木橋のうえをゆきかえりしながら、運命みたいなものを感じていた。――若し彼女がうけいれてくれるならば、竹び・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ わたくしは日々手籠をさげて、殊に風の吹荒れた翌日などには松の茂った畠の畦道を歩み、枯枝や松毬を拾い集め、持ち帰って飯を炊ぐ薪の代りにしている。また野菜を買いに八幡から鬼越中山の辺まで出かけてゆく。それはいずこも松の並木の聳えている砂道・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・それ故そういう悪戯さえしなかったならば翌日ただ太十の怒った顔を発見するに過ぎなかったのである。盗んだ西瓜は遙かに隔たった路傍の草の中で割られた。彼等は膝へ打ちつけて割った。そうして指の先で刳っては食った。水分があとに残って滓ばかりになっても・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ただ君が栗毛の蹄のあとに倶し連れよ。翌日を急げと彼に申し聞かせんほどに」 ランスロットは何の思案もなく「心得たり」と心安げにいう。老人の頬に畳める皺のうちには、嬉しき波がしばらく動く。女ならずばわれも行かんと思えるはエレーンである。・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ ―――――――――――――――――――― 翌日の午後二時半にピエエル・オオビュルナンは自用自動車の上に腰を卸して、技手に声を掛けた。「ド・セエヴル町とロメエヌ町との角までやってくれ」 返事はきのうすぐに出し・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・これは松本街道なのである。翌日猿が馬場という峠にかかって来ると、何にしろ呼吸病にかかっている余には苦しい事いうまでもない。少しずつ登ってようよう半腹に来たと思う時分に、路の傍に木いちごの一面に熟しているのを見つけた。これは意外な事で嬉しさも・・・ 正岡子規 「くだもの」
出典:青空文庫