・・・だから僕は、老大家たちが好きになれないんだ。ただ、あいつらの腕力が、こわいだけだ。(狼なんて乱暴な事を平然と言い出しそうな感じの人たちばかりだ。どだい、勘がいいなんて、あてになるものじゃない。智慧を伴わない直覚は、アクシデントに過ぎない。ま・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・ロレンツのごとき優れた老大家は疾くからこの問題に手を附けて、色々な矛盾の痛みを局部的の手術で治療しようとして骨折っている間に、この若い無名の学者はスイスの特許局の一隅にかくれて、もっともっと根本的な大手術を考えていた。病の根は電磁気や光より・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・日本には島崎藤村という現存の老大家を主人公とした伝記小説さえ出現している。一方、文学は質において果して今日豊饒であろうか。インフレ文学という苦笑が漲って、量が質とは相反するものとして観察されているのは如何なる理由からであろうか。 あらゆ・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・せちがらさを、この老大家は道徳的見地でだけ批判して居られるのですから。もっとも御自身の経済はせちがらさに動かされないからそうなるのでしょうけれども。 江井のことについて心配して居ましたが、向島の西村の土地が空であったので、そこへ四十室ば・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・等の作品を示し、文芸復興はさながらブルジョア老大家の復興であるかの如き外観を呈した。当時にあっては、佐藤春夫は芸術の技法の面から日本文脈の研究について一つの見解を示していたが、それは今日の佐藤春夫が「もののあわれ」を云々する内容、傾向とはそ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・ さて再び、自然主義以来の老大家の作品とその影響とに戻ってみよう。 これら一連の老大家たちの作品の中で、よかれあしかれ最も世評にのぼったのは荷風の「ひかげの花」であった。当時、批判は区々であったが、大たい内容はともかく荷風の堂に入っ・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・ ブルジョア作家のある種の老大家や所謂有名な文筆家の中にも、年をとるにつれて小説がつまらなくなって来た、読めるような小説はこの頃一つもないではないか、子供欺しだ、といって、それに較べると、とシェクスピアやユーゴーの偉大さを賞める人もよく・・・ 宮本百合子 「問に答えて」
・・・ 明治・大正にかけて日本の代表的詩人であった人々が、今日老大家としてどのような社会勢力の側に身を托しているかという事実と、今日の日本の詩のありようと、芸術的内容とは切りはなして語ることは出来ない。 落首というものは、古来、愛すべき民・・・ 宮本百合子 「ペンクラブのパリ大会」
・・・というのは、そのころ有名な学者や文人には、あまり高齢の人はなく、四十歳といえばもう老大家のような印象を与えたからである。夏目漱石は西田先生の戸籍面の生年である明治元年の生まれであるが、明治四十年に朝日新聞にはいって、続き物の小説を書き始めた・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫