・・・ 入費は、町中持合いとした処で、半ば白痴で――たといそれが、実家と言う時、魔の魂が入替るとは言え――半ば狂人であるものを、肝心火の元の用心は何とする。……炭団、埋火、榾、柴を焚いて煙は揚げずとも、大切な事である。 方便な事には、杢若・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ これで、勘定が――道中記には肝心な処だ――二円八十銭……二人分です。「帳場の、おかみさんに礼を言って下さい。」 やがて停車場へ出ながら視ると、旅店の裏がすぐ水田で、隣との地境、行抜けの処に、花壇があって、牡丹が咲いた。竹の垣も・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・そして言っておくが、皆の衆決して私 と、そういっておあるきなすッたそうさね、そして肝心のお邸を、一番あとまわしだろうじゃあないかえ、これも酷いわね。」 三「うっちゃっちゃあおかれない、いえ、おかれないどころじ・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・「ああ、竜が、爪で珠をつかんでいようという肝心の処だ。……成程。」「引返しましょうよ。」「車はかわります。」 途中では、遥に海ぞいを小さく行く、自動車が鼠の馳るように見えて、岬にかくれた。 山藤が紫に、椿が抱いた、群青の・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・あなたを悦ばせようと申した事は、母や姉は随分不承知なようですが、肝心な兄は、「お前はおとよさんと一緒になると決心しろ」と言うてくれたのです。兄は元からおとよさんがたいへん気に入りなのです。もう私の体はたいした故障もなくおとよさんのものです。・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「先生も御如才はないでしょうが――この月中が肝心ですから、ね」と、お袋の別れの言葉はまたこうであった。「無論ですとも」と答えたが、僕はあとで無論もくそもあったものかという反抗心が起った。そして、それでもなお実は、吉弥がその両親を見送・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・第一お前、肝心の仲人があの通りの始末なんだもの」「仲人があの通りってどう?」「新さんの今のとこさ」「ああ、だけど、それを言ってちゃいつのことだか分らないかも知れないよ」と伏目になって言った。 金之助は深くも気に留めぬ様子で、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・けれど、やはり肝心の家の門はくぐらず、せかせかと素通りしてしまう。そしてちょっと考えて、神楽坂の方へとぼとぼ……、その坂下のごみごみした小路のなかに学生相手の小質屋があり、今はそこを唯一のたのみとしているわけだが、しかし質種はない。いろいろ・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ ある時、与助は、懐中に手を入れて子供に期待心を抱かせながら、容易に、肝心なものを出してきなかった。「なに、お父う?」「えいもんじゃ。」「なに?……早ようお呉れ!」「きれいな、きれいなもんじゃぞ。」 彼は、醤油樽に貼・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・子供を学校へやって生意気にするよりや、税金を一人前納めるのが肝心じゃ。その方が国の為めじゃ。」と小川は、ゆっくり言葉を切って、じろりと源作を見た。 源作は、ぴく/\唇を顫わした。何か云おうとしたが、小川にこう云われると、彼が前々から考え・・・ 黒島伝治 「電報」
出典:青空文庫