・・・健康は小さい時分にはたいへん弱い子で、これで育つだろうかと心配されたそうだが、私が知ってからは強壮で、身体こそ小さかったが、精力の強い、仕事の能く続けてできる体格であった。仕事に表わす精力は、我々子供たちを驚かすことがしばしばあったくらいで・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・この外套氏が、故郷に育つ幼い時分には、一度ほとんど人気の絶えるほど寂れていた。町の場末から、橋を一つ渡って、山の麓を、五町ばかり川添に、途中、家のない処を行くので、雪にはいうまでもなく埋もれる。平家づくりで、数奇な亭構えで、筧の流れ、吹上げ・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・「お母さん、南アメリカの温かいところに育つ花ですから、こちらでは咲かないかもしれませんね。」と、のぶ子は、ある日、お母さまに向かっていいました。 このとき、もう、黒い素焼きの鉢には、うす紅い芽や、ねずみ色に光った芽が出ていました。・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・寒さに弱い、この小鳥は、あたたかなところに育つように生まれついたからです。 王さまは、もうつばめらの帰る時分だと思うと、赤い船を迎えによこされました。つばめたちも、船に乗りおくれてはならぬと思って、その時分には、海岸の近くにきて、気をつ・・・ 小川未明 「赤い船とつばめ」
・・・だいいち、日本には実存主義哲学などハイデガー、キェルケゴール以来輸入ずみみたいなものだが、実存主義文学運動が育つような文学的地盤がない。よしんば実存主義運動が既成の日本文学の伝統へのアンチテエゼとして起るとしても、しかし、伝統へのアンチテエ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・「私も可哀そうでならなかったけエど、つまり私の傍に居た処が苦しいばかりだし、又た結局あの人も暫時は辛い目に遇て生育つのですから今時分から他人の間に出るのも宜かろうと思って、心を鬼にして出してやりました、辛抱が出来ればいいがと思って、……・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・もっと子供も自然に育つのだ。」 と、私も考えずにはいられなかった。 私が地下室にたとえてみた自分の部屋の障子へは、町の響きが遠く伝わって来た。私はそれを植木坂の上のほうにも、浅い谷一つ隔てた狸穴の坂のほうにも聞きつけた。私たちの住む・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・野の百合は如何にして育つかを思え、労せず、紡がざるなり、されど栄華を極めしソロモンだに、その服装この花の一つにも如かざりき。きょうありて明日、炉に投げ入れらるる野の草をも、神はかく装い給えば、まして汝らをや。汝ら、之よりも遥かに優るる者なら・・・ 太宰治 「鴎」
・・・この子供は、かならず、丈夫に育つ。私は、それを信じている。なぜだか、そんな気がして、私には心残りが無い。外へ出ても、なるべく早く帰って、晩ごはんは家でたべる事にしている。食卓の上には、何も無い。私には、それが楽しみだ。何も無いのが、楽しみな・・・ 太宰治 「新郎」
・・・ 親が無くても子は育つ、という。私の場合、親が有るから子は育たぬのだ。親が、子供の貯金をさえ使い果している始末なのだ。 炉辺の幸福。どうして私には、それが出来ないのだろう。とても、いたたまらない気がするのである。炉辺が、こわくてなら・・・ 太宰治 「父」
出典:青空文庫