・・・のみならず彼も中てられたのか、電燈の光に背きながら、わざと鳥打帽を目深にしていた。 保吉はやむを得ず風中や如丹と、食物の事などを話し合った。しかし話ははずまなかった。この肥った客の出現以来、我々三人の心もちに、妙な狂いの出来た事は、どう・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・ 下 夜、袈裟が帳台の外で、燈台の光に背きながら、袖を噛んで物思いに耽っている。 その独白「あの人は来るのかしら、来ないのかしら。よもや来ない事はあるまいと思うけれど、もうかれこれ月が傾・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・ 緑雨の全盛期は『国会新聞』時代で、それから次第に不如意となり、わざわざ世に背き人に逆らうを売物としたので益々世間から遠ざかるようになった。元来緑雨の皮肉には憎気がなくて愛嬌があった。緑雨に冷笑されて緑雨を憎む気には決してなれなかった。・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・そして背き去ることのできない、見捨てることのできない深い絆にくくられる。そして一つの墓石に名前をつらねる。「夫婦は二世」という古い言葉はその味わいをいったものであろう。 アメリカの映画俳優たちのように、夫婦の離合の常ないのはなるほど自由・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・……日蓮が母存生しておはせしに、仰せ候ひしことも、あまりに背き参らせて候ひしかば、今遅れ参らせて候が、あながちにくやしく覚えて候へば、一代聖教を検べて、母の孝養を仕らんと存じ候。」 一体日蓮には一方パセティックな、ほとんど哭くが如き、熱・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・若し女の道に背き、去らるゝ時は一生の恥也。されば婦人に七去とて、あしき事七ツ有り。一には、しゅうとしゅうとめに順ざる女は去べし。二には子なき女は去べし。是れ妻を娶るは子孫相続の為なれば也。然れども婦人の心正しく行儀能して妬心なくば、去ずとも・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫