・・・ つと顔を背けると、肩をそいで、お誓は、はらはらと涙を落した。「その御利益を、小県さん、頂いてだけいればよかったんですけれど――早くから、関屋からこの辺かけて、鳥の学者、博士が居ます。」「…………」「鳥の巣に近づくため、撃つ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ と見向いた時、畦の嫁菜を褄にして、その掛稲の此方に、目も遥な野原刈田を背にして間が離れて確とは見えぬが、薄藍の浅葱の襟して、髪の艶かな、色の白い女が居て、いま見合せた顔を、急に背けるや否や、たたきつけるように片袖を口に当てたが、声は高・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・……私、何だか、案じられて気が急いて、貴方、ちょっと顔を見せて頂戴(背ける顔を目にして縋ああ久しぶりで逢ったようよ。(さし覗どうしたの。やはり屈託そうな顔をして。――こうやって一所に来たのは嬉しいけれど、しつけない事して、――天神様のお傍は・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ アパートに住み、超モダンな身なりをし、新しい職業をもって、生活の戦いをなしつつ、しかもみ仏であり得るありがたい法が開けているのに、それに面を背けるということは本当に惜しむべきことである。 信仰のないモダンガール、モダン婦人は多くは・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・彼は先ず夜鴉の城主の武士道に背ける罪を数えて一門の面目を保つ為めに七日の夜を期して、一挙にその城を屠れと叫んだ。その声は堂の四壁を一周して、丸く組み合せたる高い天井に突き当ると思わるる位大きい。戦は固より近づきつつあった。ウィリアムは戦の近・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・外から帰って著物を脱ぎ更えるのを不意に見て、こっちで顔を背けることもある。私はいつとなくこの女の顔を見覚えたが、名を聞く折もなく、どこの学校に通うと云うことを知る縁もなかった。女は美しくもなく、醜くもなく、何一つ際立って人の目を惹くことのな・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫