・・・ かくて今や我々青年は、この自滅の状態から脱出するために、ついにその「敵」の存在を意識しなければならぬ時期に到達しているのである。それは我々の希望やないしその他の理由によるのではない、じつに必至である。我々はいっせいに起ってまずこの時代・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・お幾は段を踏辷らすようにしてずるりと下りて店さきへ駆け出すと、欄干の下を駆け抜けて壁について今、婆さんの前へ衝と来たお米、素足のままで、細帯ばかり、空色の袷に襟のかかった寝衣の形で、寝床を脱出した窶れた姿、追かけられて逃げる風で、あわただし・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・旧き宗教を維持せんとするの結果、フランス国が失いし多くのもののなかに、かの国にとり最大の損失と称すべきものはユグノー党の外国脱出でありました。しかして十九世紀の末に当って彼らはいまだなおその祖先の精神を失わなかったのであります。ダルガス、齢・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・神聖な民族でありながらもその誇りを忘れて、エジプトの都会の奴隷の境涯に甘んじ貧民窟で喧噪と怠惰の日々を送っている百万の同胞に、エジプト脱出の大事業を、「口重く舌重き」ひどい訥弁で懸命に説いて廻ってかえって皆に迷惑がられ、それでも、叱ったり、・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・家人のすきを覗っては、ひらりと身をひるがえして裏門から脱出する。すたすた二、三丁歩いて、うしろを振り返り、家人が誰もついて来ないという事を見とどけてから、懐中より鳥打帽をひょいと取出して、あみだにかぶるのである。派手な格子縞の鳥打帽であるが・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・これまでまことに女らしく父の命のままに行動した娘に、今回も父が期待していたことは、彼女の無事な脱出と身の平安とやがて輝くような美貌によって三度目の縁につくこと、そのことで父の利益を守ることであったろう。しかし、その麗しくまた賢い心の夫人の苦・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・この筆者は警視庁の特高課から手記を出版されたパンフレットの執筆者で、モスクから脱出してきた見聞記と称して「モスク」を発表した。また、トロツキーの「裏切られた革命」を大綜合雑誌が別冊附録としたようなジャーナリズムの気風についても見のがしていな・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・二十歳の女の人生をその習慣や偏見のために封鎖しがちな中流的環境から脱出するつもりで行った結婚から、伸子は再度の脱出をしなければならなかった。世間のしきたりから云えば十分にわがままに暮しているはずの伸子がなぜその上そのように身もだえし、泣き、・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・ イタリーでは今「脱出の文学」ということが云われているそうである。アフリカという土地に於て、そこの新しい条件に立ってモラルも、行動も、世界観も新しい価値を伴って組織し直さるべきもの、再出発をするべきものというのが「脱出の文学」の主張する・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・それからの脱出として、既成の作家たちは、まじめに自分の人および芸術家としてのよりどころを、なにか新らしい力づよい情熱の上に発見しようとし、戦争をその契機としてつかもうとし、なにか新らしい文学ジャンルの開拓によって、たとえば報道文学、国民文学・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
出典:青空文庫