・・・暖簾をくぐって、碁盤の目の畳に腰掛け、めおとぜんざいを注文すると、平べったいお椀にいれたぜんざいを一人に二杯もって来る。それが夫婦になっているのだが、本当は大きな椀に盛って一つだけ持って来るよりも、そうして二杯もって来る方が分量が多く見える・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・暖簾をくぐって、碁盤の目の畳に腰掛け、めおとぜんざいを注文すると、平べったいお椀にいれたぜんざいを一人に二杯もって来る。それが夫婦になっているのだが、本当は大きな椀に盛って一つだけ持って来るよりも、そうして二杯もって来る方が分量が多く見える・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・子供等は腰掛へ坐るなり互いの肩を凭せ合って、疲れた鼾を掻き始めた。 湿っぽい夜更けの風の気持好く吹いて来る暗い濠端を、客の少い電車が、はやい速力で駛った。生存が出来なくなるぞ! 斯う云ったKの顔、警部の顔――併し実際それがそれ程大したこ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・地を這い渡る松の間に、乱れ立つ石を削りなして、おのずからなる腰掛けとしたるがところどころに見ゆ。岩を打ち岩に砕けて白く青く押し流るる水は、一叢生うる緑竹の中に入りて、はるかなる岡の前にあらわれぬ。流れに渡したる掛橋は、小柴の上に黒木を連ねて・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・豊吉は柳の陰に腰掛けて久しぶりにその影を昔の流れに映した。小川の流れはここに来て急に幅広くなって、深くなって静かになって暗くなっている。 柳の間をもれる日の光が金色の線を水の中に射て、澄み渡った水底の小砂利が銀のように碧玉のように沈んで・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・と今来た男は捨てばちに言って、投げるように腰掛けに身をおろして、両手で額を押え、苦しい咳をした。年ごろは三十前後である。「そう気を落とすものじゃアない、しっかりなさい」と、この店の亭主が言った。それぎりでたれもなんとも言わない、心のうち・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・ 長い机の両側に、長い腰掛を並べてある一室に通された。 曹長が鉛筆を持って這入って来て、彼と向い合って腰掛に腰かけた。獰猛な伍長よりも若そうな、小供らしい曹長だ。何か訊問するんだな、何をきかれたって、疑わしいことがあるもんか! 彼は・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・内部には、床も棚も、腰掛けも、木片一ツもなかった。たゞ、比較的新しいアンペラの切れと、焚き火のあとがあった。恐らく、誰れかの掠奪にでもあったのだろう。「おや、おや、まだ、あしこに、もう一軒、家があるが。」 内部の検分を終えて、外に出・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・しかし今度は、前の日自分が腰掛けた岩としばらく隠れた大な岩とをやや久しく見ていたが、そのあげくに突然と声張り上げて、ちとおかしな調子で、「我は官軍、我が敵は」と叫び出して山手へと進んだ。山鳴り谷答えて、いずくにか潜んでいる悪魔でも唱い返した・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・「まあ君、そこへ腰掛けたまえ。」 と、自分は馴々敷い調子で言った。男は自分の思惑を憚るかして、妙な顔して、ただもう悄然と震え乍ら立って居る。「何しろ其は御困りでしょう。」と自分は言葉をつづけた。「僕の家では、君、斯ういう規則にし・・・ 島崎藤村 「朝飯」
出典:青空文庫