・・・夫人の胸中も自ずから平らかなるを得たようである。 キャディが雲雀の巣を見付けた。草原の真唯中に、何一つ被蔽物もなく全く無限の大空に向って開放された巣の中には可愛い卵子が五つ、その卵形の大きい方の頂点を上向けて頭を並べている。その上端の方・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・並んで立っていた若い会社員風の二人連れが話しているのを、聞くともなく聞いていると、毎朝同じ時刻に乗る人がみんなそれぞれ乗り込む車の位置に自ずからきまりがあると見えて、同じ顔が同じところにいつでも寄り合うようだと云っていた。そうかもしれない。・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・しかし、ことによるとこの姓名札の汚し方の同じ型に属する人には自ずから共通な素質があるかもしれない。そうして、人間の性情の型を判断する場合にこの方がむしろ手相判断などよりも、もっと遥かに科学的な典拠資料になりはしないかと想像される。 少な・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・同時にユダヤ人の後裔にとっての一つの神なるエホバは自ずから姿を変えて、やがてドルになりマルクになった。その後裔の一人であったマルクスには、「経済」という唯一の見地よりしか人間の世界を展望することが出来なかった。それで彼の一神教的哲学は茫漠た・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ 地震の科学的研究に従事する学者でも前述のような自己本位の概念をもっていることは勿論であるが、専門の科学上の立場から見た地震の概念は自ずからこれと異なったものでなければならない。 もし現在の物質科学が発達の極に達して、あらゆる分派の・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・この前提が実用上無謀ならざる事は数回同じ実験を繰返す時は自ずから明らかなるべきも、とにかくここに予言者と被予言者との期待に一種の齟齬あるを認め得べし。 次には近似の意義に関する意見の齟齬が問題となる。学者が第一次近似をもって甘んずる時、・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・そうすれば凶作問題なども自ずから解決の途につくはずであろう。 凶作のみならず水害風害あるいは地震や火事の災害を根本的に除くためには、やはり同様な恒久的施設が必要である。健忘症の政治家や気まぐれな学界元老などの手に任せておくにはあまりに大・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
・・・しかしともかくも芸術家のうちで自然そのものを直接に見て何物かを見出そうという人があれば、その根本の態度や採るべき方法には自ずから科学者と共通点を見出す事が出来てもよい訳である。 新しい目で自然を見るという事は存外六かしい事である。吾人は・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・型式的概念的に堕した歌人の和歌などとは自ずからちがった自由な自然観が流露している。「青葉になりゆくまで、よろづにたゞ心をのみぞなやます」というような文句でも、国語の先生の講義ではとても述べられない俳諧がある。同じことを云った人が以前に何人あ・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・それにはあまり頭も苦しめなくて、ただ器械的に仕事を進めて行くうちに自ずから興味の泌み出して来るようなことが適当である。例えばある年の夏は江戸時代の大火の記録をその時代の地図と較べながら焼失区域図を作って過ごした。仕事はある意味では器械的であ・・・ 寺田寅彦 「夏」
出典:青空文庫