・・・ しかし僕の小説は「恋愛は至上なり」と云うのですよ。 主筆 すると恋愛の讃美ですね。それはいよいよ結構です。厨川博士の「近代恋愛論」以来、一般に青年男女の心は恋愛至上主義に傾いていますから。……勿論近代的恋愛でしょうね? 保吉 さあ・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・淫売屋から出てくる自然主義者の顔と女郎屋から出てくる芸術至上主義者の顔とその表れている醜悪の表情に何らかの高下があるだろうか。すこし例は違うが、小説「放浪」に描かれたる肉霊合致の全我的活動なるものは、その論理と表象の方法が新しくなったほかに・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
ナロードニーキ社会主義運動の精神を、私達は、今に於てなつかしまざるを得ない。真実を至上とし、行動を良心の上に置いたからである。彼等は、正義のため、全く自己を犠牲にして惜しまなかった。 私達は、この精神に即してのみ社会運動の意義を見・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
私は、その青春時代を顧みると、ちょうど日本に、西欧のロマンチシズムの流れが、その頃、漸く入って来たのでないかと思われる。詩壇に、『星菫派』と称せられた、恋愛至上主義の思潮は、たしかに、このロマンチシズムの御影であった。 それは、ち・・・ 小川未明 「婦人の過去と将来の予期」
・・・ 六 恋愛以上の高所 恋愛が青春にとって如何に重要な、心ひかれるテーマであるからといって、人生において、恋愛が至上ではない。青春時代において恋愛問題が常に頭をいっぱいに占領してはならない。宇宙と自己、社会共同体と自己・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ この習慣の背後には、一般に、書物至上主義でないまでも、過度の書物依頼主義が横たわっている。この習慣は信じられぬほど安易への誘惑を導くものであり、もはや独立して思索したり、研究したりする労作と勇猛心と野望とにたえがたくするものである。他・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・という字をやたらに何にでもくっつけて、そうしてそれをどこやら文化的な高尚なものみたいな概念にでっち上げる傾きがあるようで、恋と言ってもよさそうなのに、恋愛、という新語を発明し、恋愛至上主義なんてのを大学の講壇で叫んで、時の文化的なる若い男女・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・私は、或いは、かの物語至上主義者になりつつあるのかも知れない。私生活に就ての手落は、私生活の上で、実際に示すより他は無い。見ていて下さい。いまに私は、諸君と一点うしろ暗いところなく談笑できるほどの男になります。それは、いつわりの無い、白々し・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 労働至上主義などというかび臭い説教はこの映画のどこからも自分には感じられない。この映画を見ていると工場の中で器械として働く人間は刑務所に働く囚徒と全く同じもののように思われる。学校生徒も同様である。この映画に現われる社交界の人々もやは・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・西洋の思想は十九世紀のロマンチズムとそれ以後の個人主義的芸術至上主義とである。わたくしの一生涯には独特固有の跡を印するに足るべきものは、何一つありはしなかった。 日本の歴史は少年のころよりわたくしに対しては隠棲といい、退嬰と称するが如き・・・ 永井荷風 「西瓜」
出典:青空文庫