・・・――(覗き覗き、済純、これは舞姫ばかりらしい。ああ、人形は名作だ。――御覧なさい凄いようです。……誰が持っていますか。……どうして、こんな処へほうり出しておきますかね。夫人 人形つかいは――あすこで、(軽く指お酒を飲んでいるようですの。・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ 近ごろスペインの舞姫テレジーナの舞踊を見た。これも手首の踊りであるように思われた。そうしてそのあまりに不自然に強調された手首のアクセントが自分には少し強すぎるような気もした。しかしこれがかえっていわゆる近代人の闘争趣味には合うのかもし・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・と「舞姫」「即興詩人」などの合本になった、水泡集と云ったと思うエビ茶色のローズの厚い本。『太陽』の増刊号。これらの雑誌や本は、はじめさし絵から、子供であったわたしの生活に入って来ている。くりかえし、くりかえしさし絵を見て、これ何の絵? とい・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・そして、巴里のムーラン・ルージュの黒人の踊子のジョセフィン・ベイカアを寵愛して、ジョセフィン・ベイカアと云えば、コティの白粉を知っているぐらいの日本の人は知らない者はない世界のレビューの舞姫にした。やがてコティも運命が来て死んだ。ジョセフィ・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・軍隊の衛生、クラウゼヴィッツの戦争論を訳した筆は即興詩人を訳し、「舞姫」「埋木」「雁」等を書いた。鴎外が晩年伝記を主として執筆したことは、彼の現実の装飾なき美を愛した心からだけ選ばれた道であったろうか。彼の帝国博物館総長図書頭という官職は果・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・ 哀れ。考え違い。 舞姫などこのように、情慾も、好奇心もないのに、そういう目に会う。 のち、男にひかされ、ひどい生活を五年する――男、口入の一寸よいの。いつも、百や二百の金は財布にある、但人の金、女そんなこととは知らずにかかる。・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・まるで見もしらない舞姫なんかとどうしてこんな涙の出るほど別れるのがいやになったんだろう、どうして仲がよくなったんだろう、そんな事を考えながら私はポロポロと涙をこぼして居た。翌朝私は目を覚すとすぐ行こうかとも思ったけれ共どうしてもその気になれ・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・鴎外の婦人に対する感情は、「舞姫」、和歌百首や他の作品の上にもうかがわれるのであるが、鴎外の婦人に対するロマンティシズムは、荷風の受動性とは全く異っている。鴎外は、女がさまざまの社会の波瀾に処し、苦しみ涙をおとしながらなおどこにか凜然とした・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
出典:青空文庫