・・・「私はつい四五日前、西国の海辺に上陸した、希臘の船乗りに遇いました。その男は神ではありません。ただの人間に過ぎないのです。私はその船乗と、月夜の岩の上に坐りながら、いろいろの話を聞いて来ました。目一つの神につかまった話だの、人を豕にする・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・私は、ヴォルガ河で船乗りの生活をして、其の間に字を読む事を覚えた事や、カザンで麺麭焼の弟子になって、主人と喧嘩をして、其の細君にひどい復讐をして、とうとう此処まで落ち延びた次第を包まず物語った。ヤコフ・イリイッチの前では、彼に関した事でない・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・遠方の船乗りや、また漁師は、神さまにあがった、絵を描いたろうそくの燃えさしを手に入れたいものだというので、わざわざ遠いところをやってきました。そして、ろうそくを買って山に登り、お宮に参詣して、ろうそくに火をつけてささげ、その燃えて短くなるの・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・遠方の船乗りやまた、漁師は、神様にあがった絵を描いた蝋燭の燃えさしを手に入れたいものだというので、わざわざ遠い処をやって来ました。そして、蝋燭を買って、山に登り、お宮に参詣して、蝋燭に火をつけて捧げ、その燃えて短くなるのを待って、またそれを・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・龍雄は、両手をひざに置いて考えていましたが、「どうせ、故郷にいることができないなら、いっそのこと海へいって船乗りになりたいと思います。」と答えました。これを聞くと、おじいさんは黙ってうなずきました。「なるほど、おまえの気質ではそ・・・ 小川未明 「海へ」
・・・もっともあの娘の始めの口振りじゃ、何でも勤人のところへ行きたい様子で、どうも船乗りではと、進まないらしいようだったがね、私がだんだん詳しい話をして、並みの船乗りではない、これこれでこういうことをする人だと割って聞かしたものだから、しまいには・・・ 小栗風葉 「深川女房」
明治三十一年十二月十二日、香川県小豆郡苗羽村に生れた。父を兼吉、母をキクという。今なお健在している。家は、半農半漁で生活をたてゝいた。祖父は、江戸通いの船乗りであった。幼時、主として祖母に育てられた。祖母に方々へつれて行っ・・・ 黒島伝治 「自伝」
・・・そのむすめは真夏のころ帰って来るあの船乗りの花よめとなるはずでしたが、その船乗りが秋にならなければ帰れないという手紙をよこしたので、落胆してしまったのでした。木の葉が落ちつくして、こがらしのふき始める秋まで待つ事はたえ切れなかったのです。・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・たとえば家出して船乗りになった一人むすこからの最初の手紙が届いたときに、友だちの手前わざとふくれっ面をして見せたり、居間へ引っ込んでからあわててその手紙を読もうとしてめがねを落として割ったりする場面の彼一流の細かい芸は、臭みもあるかもしれな・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・この土地の船乗りの中には二、三百トンくらいの帆船に雑貨を積んで南洋へ貿易に出掛けるのが沢山いるという話であった。浜辺へ出て遠い沖の彼方に土堤のように連なる積雲を眺めながら、あの雲の下をどこまでも南へ南へ乗出して行くといつかはニューギニアか濠・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
出典:青空文庫