・・・こう言う彼等の戯れはこの寂しい残暑の渚と不調和に感ずるほど花やかに見えた。それは実際人間よりも蝶の美しさに近いものだった。僕等は風の運んで来る彼等の笑い声を聞きながら、しばらくまた渚から遠ざかる彼等の姿を眺めていた。「感心に中々勇敢だな・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・詩は花やかな対句の中に、絶えず嗟嘆の意が洩らしてある。恋をしている青年でもなければ、こう云う詩はたとい一行でも、書く事が出来ないに違いない。趙生は詩稿を王生に返すと、狡猾そうにちらりと相手を見ながら、「君の鶯鶯はどこにいるのだ。」と云っ・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・ 泣いてる中にクララの心は忽ち軽くなって、やがては十ばかりの童女の時のような何事も華やかに珍らしい気分になって行った。突然華やいだ放胆な歌声が耳に入った。クララは首をあげて好奇の眼を見張った。両肱は自分の部屋の窓枠に、両膝は使いなれた樫・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・人の生活にも或る華やかさがついてまわっている。けれども北海道の冬となると徹底的に冬だ。凡ての生命が不可能の少し手前まで追いこめられる程の冬だ。それが春に変ると一時に春になる。草のなかった処に青い草が生える。花のなかった処にあらん限りの花が開・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・下駄が浮くと、引く手が合って、おなじく三本の手が左へ、さっと流れたのがはじまりで、一列なのが、廻って、くるくると巴に附着いて、開いて、くるりと輪に踊る。花やかな娘の笑声が、夜の底に響いて、また、くるりと廻って、手が流れて、褄が飜る。足腰が、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・土橋寄りだ、と思うが、あの華やかな銀座の裏を返して、黒幕を落したように、バッタリ寂しい。……大きな建物ばかり、四方に聳立した中にこの仄白いのが、四角に暗夜を抽いた、どの窓にも光は見えず、靄の曇りで陰々としている。――場所に間違いはなかろう―・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ おとよはだれの目にも判るほどやつれて、この幾日というもの、晴れ晴れした声も花やかな笑いもほとんどおとよに見られなくなった。兄夫婦も母も見ていられなくなった。兄は大抵の事は気にせぬ男だけれどそれでもある時、「おとッつさんのように、そ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・一風変った画を描くのは誰にも知られていたが、極彩色の土佐画や花やかな四条派やあるいは溌墨淋漓たる南宗画でなければ気に入らなかった当時の大多数の美術愛好者には大津絵風の椿岳の泥画は余り喜ばれなかった。椿岳の画を愛好する少数好事家ですらが丁度朝・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・しかし出たものは、死んだ仲間の分も生きのびてしげって、幾十年も、幾百年も雄々しく太陽の輝く下で華やかに暮らしてもらいたい。もし、二つなり、三つなりが、いっしょに明るい世界へ出ることがあったら、たがいに依り合って力となって暮らしそうじゃないか・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・ 夜になると、華やかな電燈が、へやの中を昼間のように明るく照らします。そこへ、女のお客さまがあると、へやじゅうは香水の匂いでいっぱいになります。テーブルの上には、カーネーションや、リリーや、らんの花などが盛られて、それらの草花の香気も混・・・ 小川未明 「煙突と柳」
出典:青空文庫