・・・らしい、コルネット、クラリネットのジンタ音楽に交じって花屋敷を案内する声が陽気にきこえていた。警備の巡査、兵士、それから新聞社、保険会社、宗教団体等の慰問隊の自動車、それから、なんの目的とも知れず流れ込むいろいろの人の行きかいを、美しい小春・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
上野の動物園の象が花屋敷へ引っ越して行って、そこで既往何十年とかの間縛られていた足の鎖を解いてもらって、久しぶりでのそのそと檻の内を散歩している、という事である。話を聞くだけでもなんだかいい気持ちである。肩の凝りが解けたよ・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
・・・準備が整って予定の時刻が迫ると、見物人らは一定の距離に画した非常線の外まで退去を命ぜられたので、自分らも花屋敷の鉄檻の裏手の焼け跡へ行って、合図のラッパの鳴るのを待っていた。その時、一匹の小さなのら犬がトボトボと、人間には許されぬ警戒線を越・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・母方の祖母が浅草の花屋敷へつれて行ってみせてくれたあやつり人形の骨よせと似た気味わるさが菊人形のどこかにあるのだった。 戦争ものでない菊人形と云えば、あのどっさりの菊人形の見世ものの中で何があったろう。常盤御前があった。小督があった。袈・・・ 宮本百合子 「菊人形」
出典:青空文庫