・・・ それからホモイはちょっと立ちどまって、腕を組んでほくほくしながら、 「まるで僕は川の波の上で芸当をしているようだぞ」と言いました。 本当にホモイは、いつか小さな流れの岸まで来ておりました。 そこには冷たい水がこぼんこぼんと・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ こういう文化上の悲劇、作家一人一人の運命についていえば目もあてられない逆立ち芸当をつとめるにいたった理由は複雑であろう。根源には、日本の近代社会のおくれた本質が、作家の全生活に暗く反映している。跛な日本の経済事情そのものから生じて・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・体というものは、或る独特な作家的稟質にとってだけ、真にそのひとの云おうとすることを云わしめるもので、多くの他の気質の作家にとっては、必要でもない身のくねりや、言葉の誇張された抑揚や聴きてを退屈させない芸当やらを教え込むもので、意味をなさぬ。・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・ 今、彼等は坂のつき当りの土産屋の前で芸当をやっていた。土産屋の前は自動車を廻せる程度の広場なので足場がいいのだろう。大神楽は、永い間芸をした。朝から殆ど軒並に流して来ていたのでもう見物は尠い。土産屋の柱のところに、子供を抱いた男が一人・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・十二指腸から胆汁をとる療法だがこのゾンドなるものをかけられる時は一種悲しき芸当の感じだ。フセワロード・イワノフが曲芸師であった時嚥んだ剣より工合がわるい。イワノフの剣はバネで三分の一ずつ縮んだ。このゴム管は本当に腸まで嚥み下さなければならぬ・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・支那人のする水芸そのものは、黒紋付に袴の股立ちをとった大神楽のやることと大して違いはないのだが、その支那人は、派手な三味線に合わせ、いざ芸当にとりかかる時、いかにも支那的音声で、 ハオ!とか何とか掛声をかけると同時に一二歩進み、ひょ・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
・・・ 運命の司が『なぐさみ』の多い様に気の小さい人間共にあやうい芸当をさせてよろこぶんですよ。 意志(っぱりでも、と云った調子に千世子は強くこんな事を云った。 そしてもうほんとうにしんからつかれた様に椅子に頭をもたせて眼をつぶっ・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・やり方で押しよせる高利貸を宥め、債権者を納得させ、勘定書をもって来た出入りの商人から却って金を借りる等という困難きわまる芸当。更に出版権にからまる絶え間ない訴訟事件があり、代議士立候補のための、進んでは大臣になるための政見を発表し、しかも時・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・女が歌えばソプラノにもアルトにもなるけれども、それは女の芸当ではない、もっと真面目なものです。ですから、或る時代に婦人作家が大変に擡頭した場合にも、真面目な婦人作家は苦しみました。それは妙な女っぽさを要求されたからです。ざっくばらんにいえば・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・自己の内部生命の表現ではなく、頭で考えた工夫と手先でコナした技巧との、いわばトリックを弄した芸当である。そうしてそのトリックの斬新が「新しい試み」として通用するのである。 目先の変更を必要としないほどに落ちついた大家は、自己の様式の内で・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫