・・・大方かなりな商家の若旦那であろう。四十近くでは若旦那でもない訳だが、それは六十に余る達者な親父があって、その親父がまた慾ばりきったごうつくばりのえら者で、なかなか六十になっても七十になっても隠居なんかしないので、立派な一人前の後つぎを持ちな・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・こんなに手を換え、品をかえて何か遣ろうとするのにきかないのは、何か思惑があるのじゃあないか、一旦自分で突落した若旦那をまた自分で助けて来でもして、こちらで上げようとしているものより何かほかのものに望みを置いているのじゃあないかと思っていなさ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・二十三四の母親似の若旦那であった。角帽をかぶっていた。「若旦那――大学ですか」「ああ」「本郷ですか」「うん」「御卒業はいつです」「出してくれりゃあ来年さ」 面長で顔の色など、青年にしては白すぎた。いかにも母親の注・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・蔀君は下町の若旦那の中で、最も聡明な一人であったと云って好かろう。 この蔀君が僕の内へ来たのは、川開きの前日の午過ぎであった。あすの川開きに、両国を跡に見て、川上へ上って、寺島で百物語の催しをしようと云うのだが、行って見ぬかと云う。主人・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫