・・・殊に一人の老紳士などは舷梯を下りざまにふり返りながら、後にいる苦力を擲ったりしていた。それは長江を遡って来た僕には決して珍しい見ものではなかった。けれども亦格別見慣れたことを長江に感謝したい見ものでもなかった。 僕はだんだん苛立たしさを・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・ 支那兵が、悉く、苦力や農民から強制的に徴募されて、軍閥の無理強いに銃を持たされているものであることは、彼等には分りきっていた。それは、彼等と同じような農民か、でなければ労働者だった。そして、給料も殆んど貰っていなかった。しかし、彼等に・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・満洲や台湾の苦力や蕃人を動物を使うように酷使して、しこたま儲けてきた金で、資本家は、ダラ幹や、社会民主主義者どもにおこぼれをやるだろう。しかし、革命的プロレタリアートに対しては、徹底的に弾圧の手をゆるめやしないのだ。 なお、そればかりで・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・ 石炭を掘っている苦力の番をするのだ。「なに! 苦力の番だって! 馬鹿にしてやがら!」 とおれはバカバカしくなった。「そんな文句は云わんでもよろしい。黙って命令通りすればいいんだ!」やはり少尉はニガニガしげに答えた。 君が撫・・・ 黒島伝治 「防備隊」
・・・谷間の泉から、苦力が水を荷って病院まで登って来る道々、こぼした水が凍って、それが毎日のことなので、道の両側に氷がうず高く、山脈のように連っていた。 彼等は、ペーチカを焚いて、室内に閉じこもっていた。 二人は来し方の一年間を思いかえし・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・これはもうはじめから、私を苦力のようにこき使う目的を以て私に近づいて来たのです。その頃は私も、おのずから次第にダメになり、詩を書く気力も衰え、八丁堀の路地に小さいおでんやの屋台を出し、野良犬みたいにそこに寝泊りしていたのですが、その路地のさ・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・釜のない煙筒のない長い汽車を、支那苦力が幾百人となく寄ってたかって、ちょうど蟻が大きな獲物を運んでいくように、えっさらおっさら押していく。 夕日が画のように斜めにさし渡った。 さっきの下士があそこに乗っている。あの一段高い米の叺の積・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・天津でミッションの仕事をしていたひとの息子として生れ、天津にいるアメリカ人の少年として青年時代の初期を中国に育ったジョン・ハーシーの心は、喧騒な中国の民衆生活のあらゆる場面にあふれ出ている苦力的な境遇、底しれなく自然と人間社会の暴威に生存を・・・ 宮本百合子 「「ヒロシマ」と「アダノの鐘」について」
・・・資本主義化された海港都市にあって一層グロテスクであるところの中国苦力に乞食。エロチックであるところの植民地中国売笑婦だ。今日の中国と世界プロレタリア革命との必然的連関ではない。 説明するまでもなくエキゾチックだということは、ある民族の自・・・ 宮本百合子 「プロレタリア文学における国際的主題について」
出典:青空文庫