・・・久しく世人の知らざるところなりしかども、今日また徳教論の再発にさいし、その贈書の草稿を左に記して、読者の参考に供す。 書翰過般、御送付相成候『倫理教科書』の草案、閲見、少々意見も有之、別紙に認候。妄評御海恕被下度、・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・材料 蕪村は狐狸怪をなすことを信じたるか、たとい信ぜざるもこの種の談を聞くことを好みしか、彼の自筆の草稿新花摘は怪談を載すること多く、かつ彼の句にも狐狸を詠じたるもの少からず。公達に狐ばけたり宵の春飯盗む狐追ふ声・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・読む、点をつける、それぞれの題の下に分けて書く、草稿へ棒を引いて向うへ投げやる。それから次の草稿へ移る。また読む、点をつける、水祝という題の処へ四、五句書き抜く、草稿へ棒を引いて向うへ投げやる。同じ事を繰り返して居る。夜は纔に更けそめてもう・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・作家は、草稿や筋を、先ず工場の一般集会でよめ。そして大衆の忠言や注意を利用しろ。文学的団体の間に行われる文学理論上の討論も、工場でやってくれ! こういう決議をした。『文学新聞』にいろいろな工場連名でこの決議が載せられたとき、「鎌と鎚」工・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・ R氏の家は、丁度市街に沿うてある細長いモーニングサイド公園に近いので、夕食後三十分か一時間も緩くりと散歩し、胃も頭も爽かになった時分に帰って、読書と、昼間書いた草稿を夫人に読んで聞かせ、忠言を得て字句の改正をする。夫人は、同じ灯の下で・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 下から消しの多い草稿をさし上げて見せた。「ポツダム宣言の趣旨に立脚して……その次」 行を目で追って、「ここだ」 重吉は、もっているペンで大きいバッテンをつけて見せた。「今後、最も厳重に――」「そこまでとぶの? ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 松崎はちらちらジェルテルスキーがタイプライターで打ちかけている草稿を覗いたり、積みかさねてある新着の露字新聞を引き出して目を通したりしていたが、「ああ、近頃何でもルイコフ君の細君が貴方のところへ行っているそうじゃありませんか」・・・ 宮本百合子 「街」
・・・その恰幅と潮風に鍛えられた喉にふさわしい低い幅のある荘重な音声で草稿にしたがって読まれる演説は、森として場内の隅々まで響いた。どことなしお国の訛が入る。 つづいて桜内蔵相。内容はともかくとしてやはり声はよく耳に入った。畑陸相が登壇すると・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
出典:青空文庫