・・・さき者の一つなり、水車場を離れて孫屋立ち、一抱えばかりの樫七株八株一列に並びて冬は北の風を防ぎ夏は涼しき陰もてこの屋をおおい、水車場とこの屋との間を家鶏の一群れゆききし、もし五月雨降りつづくころなど、荷物曳ける駄馬、水車場の軒先に立てば黒き・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・貴様ら、呉と郭と二人で、それじゃ夜明に出かけろ、今度はうまくやらないと荷物を没収されちゃ、怺えせんぞ!」「ああで」 荷物を積んだ橇は、門から厩の脇にひっぱりこまれた。橇の毛布には、田川の血が落ちて、凍りついていた。支那人はボール箱の・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・そこいらには、まだかわき切らない壁へよせて、私たちの荷物が取り散らしてある。末子は姪の子供を連れながら部屋部屋をあちこちとめずらしそうに歩き回っている。嫂も三十年ぶりでの帰省とあって、旧なじみの人たちが出たりはいったりするだけでも、かなりご・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ てんでんにつつみをしょってかけ出した人も、やがて往来が人一ぱいで動きがとれなくなり、仕方なしに荷をほうり出す、むりにせおってつきぬけようとした人も、その背中の荷物へ火の子がとんでもえついたりするので、つまりは同じく空手のまま、やっとく・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・スバーが、それを噛めるようにしてやる そうやって長いこと坐り、釣の有様を見ている時、彼女は、どんなにか、プラタプの素晴らしい手伝い、真個の助けとなって、自分が此世に只厄介な荷物ではないことを証拠だてたく思ったでしょう! けれども、何もす・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・黒い風呂敷包を胸にしっかり抱きかかえて、そのお荷物の中には薬品も包まれて在るのだが、頭をあちこち動かして舞台の芸人の有様を見ようとあせっているかず枝も、ときたまふっと振りかえって嘉七の姿を捜し求めた。ちらと互いの視線が合っても、べつだん、ふ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・一人の下士が貨車の荷物の上に高く立って、しきりにその指揮をしていた。 日が暮れても戦争は止まぬ。鞍山站の馬鞍のような山が暗くなって、その向こうから砲声が断続する。 渠はここに来て軍医をもとめた。けれど軍医どころの騒ぎではなかった。一・・・ 田山花袋 「一兵卒」
始めてこの浜へ来たのは春も山吹の花が垣根に散る夕であった。浜へ汽船が着いても宿引きの人は来ぬ。独り荷物をかついで魚臭い漁師町を通り抜け、教わった通り防波堤に沿うて二町ばかりの宿の裏門を、やっとくぐった時、朧の門脇に捨てた貝・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・そうすれば荷物を取りにやりますから」「そうしてもいいが、温泉へ行くとしたらどこだろう」「ごく近いところで、深谷もこのごろはなかなかいいですよ」「石屋ならいい座敷がありますけれど、あすこも割に安くつかんぞな」「さしあたってちょ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・トラックの中に、荷物の間に五六人のスキャップを積み込んで、会社間近まで来たとき、トラックの運転手と変装していた利平が、ひどくやられたのもこのときであったのだ。 それでも、職長仲間の血縁関係や、例えば利平のように、親子で勤めている者は、そ・・・ 徳永直 「眼」
出典:青空文庫