・・・おまけに華奢な机の側には、三味線も時々は出してあるんだ。その上そこにいる若槻自身も、どこか当世の浮世絵じみた、通人らしいなりをしている。昨日も妙な着物を着ているから、それは何だねと訊いて見ると、占城という物だと答えるじゃないか? 僕の友だち・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ 蜘蛛は巣が出来上ると、その華奢な嚢の底に、無数の卵を産み落した。それからまた嚢の口へ、厚い糸の敷物を編んで、自分はその上に座を占めながら、さらにもう一天井、紗のような幕を張り渡した。幕はまるで円頂閣のような、ただ一つの窓を残して、この・・・ 芥川竜之介 「女」
・・・紳士は背のすらっとした、どこか花車な所のある老人で、折目の正しい黒ずくめの洋服に、上品な山高帽をかぶっていた。私はこの姿を一目見ると、すぐにそれが四五日前に、ある会合の席上で紹介された本多子爵だと云う事に気がついた。が、近づきになって間もな・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ それが見えなくなると、今度は華奢な女の足が突然空へ現れた。纏足をした足だから、細さは漸く三寸あまりしかない。しなやかにまがった指の先には、うす白い爪が柔らかく肉の色を隔てている。小二の心にはその足を見た時の記憶が夢の中で食われた蚤のよ・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・僕はその電車の中にどこか支那の少女に近い、如何にも華奢な女学生が一人坐っていたことを覚えている。 僕等は発行所へはいる前にあの空罎を山のように積んだ露路の左側へ立ち小便をした。念の為に断って置くが、この発頭人は僕ではない。僕は唯先輩たる・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・いや、むしろその蒼白い顔や華奢な手の恰好なぞに、貴族らしい品格が見えるような人物なのです。翁はこの主人とひととおり、初対面の挨拶をすませると、早速名高い黄一峯を見せていただきたいと言いだしました。何でも翁の話では、その名画がどういう訳か、今・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・薄地セルの華奢な背広を着た太った姿が、血みどろになって倒れて居るのを、二人の水夫が茫然立って見て居た。 私の心にはイフヒムが急に拡大して考えられた。どんな大活動が演ぜられるかと待ち設けた私の期待は、背負投げを喰わされた気味であったが、き・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・いふりで、くくり頤の福々しいのに、円々とした両肱の頬杖で、薄眠りをしている、一段高い帳場の前へ、わざと澄ました顔して、黙って金箱から、ずらりと掴出して渡すのが、掌が大きく、慈愛が余るから、……痩ぎすで華奢なお桂ちゃんの片手では受切れない、両・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・ 前挿、中挿、鼈甲の照りの美しい、華奢な姿に重そうなその櫛笄に対しても、のん気に婀娜だなどと云ってはなるまい。 四 一目見ても知れる、濃い紫の紋着で、白襟、緋の長襦袢。水の垂りそうな、しかしその貞淑を思わせる・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・―― で、華奢造りの黄金煙管で、余り馴れない、ちと覚束ない手つきして、青磁色の手つきの瀬戸火鉢を探りながら、「……帽子を……被っていたとすれば、男の児だろうが、青い鉢巻だっけ。……麦藁に巻いた切だったろうか、それともリボンかしら。色・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
出典:青空文庫