・・・ 会堂に着くと、入口の所へ毛布を丸めて投げ出して、木村の後ろについて内に入ると、まず花やかな煌々としたランプの光が堂にみなぎっているのに気を取られました。これは一里の間、暗い山の手の道をたどって来たからでしょう。次にふわりとした暖かい空・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 帰って、──いつも家へ着くのは晩だが、その翌朝、先ず第一に驚くことは、朝起きるのが早いことである。五時頃、まだ戸外は暗いのに、もう起きている。幼い妹なども起される。──麦飯の温いやつが出来ているのだ。僕も皆について起きる。そうすると、・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・「イヤ割が悪いどころでは無い、熔金を入れるその時に勝負が着くのだからネ。機嫌が甚く悪いように見えたのは、どういうものだか、帰りの道で、吾家が見えるようになってフト気中りがして、何だか今度の御前製作は見事に失敗するように思われ出して、それ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・「あれから、お前さん、浦和へ着くまでがなかなか大変でしたよ」とお三輪も思わず焼出された当時の心持を引出された。「平常なら一時間足らずで行かれるところなんでしょう、それを六時間も七時間もかかって……途中で渡れるか渡れないか知れないような橋・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・そのほおえみがまたあわれなおかあさんの心をなぐさめて、今までの苦しみをわすれて第五の門に着くほどの力が出てきました。ここまで来るともう気が確かになりました。なぜというと、向こうには赤い屋根と旗が見えますし、道の両側には白あじさいと野薔薇が恋・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・落ち着くことを得ないのであるが、この旅にもまた、旅行上手というものと、旅行下手というものと両者が存するようである。 旅行下手というものは、旅行の第一日に於て、既に旅行をいやになるほど満喫し、二日目は、旅費の殆んど全部を失っていることに気・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・最初に着く土地はトリエストである。それから先きへ先きへと、東の方へ向けて、不思議の国へ行くのである。 さて到る処で紹介状を出すと、どこでも非常に厚く待遇する。いかに自分の勤めている銀行が大銀行だとしても、その中のいてもいなくても好い役人・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ やがてお茶の水に着く。五 この男の勤めている雑誌社は、神田の錦町で、青年社という、正則英語学校のすぐ次の通りで、街道に面したガラス戸の前には、新刊の書籍の看板が五つ六つも並べられてあって、戸を開けて中に入ると、雑誌書籍・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 汽車の中で揺られている俘虜の群の紹介から、その汽車が停車場へ着くまでの音楽と画像との二重奏がなかなくうまく出来ている。序幕としてこんなに渾然としたものは割合に少ないようである。 不幸な夫ルパートが「第三者」アリスンの部屋から二階の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・すると親類の一人から電話がかかって、辰之助が出てゆくと、今避難者が四百ばかり著くから、その中に道太の家族がいるかもしれないというのであった。道太はおぼつかないことだと思いながら、何だか本当に来るような気がして、あわててお湯を飛びだした。誰々・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫