・・・「おじいさん、この四つ街道の行く先は、どこと、どこだか、私によく教えてください。」と、少年は頼みました。 おじいさんは、一つの道は、お寺のある町へゆくこと、一つの道は、遠いさびしい村へゆくこと、一つの道は海の方へゆくこと、一つの道は・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・風は行く先を急ぎながらも顧みて、「しかし海豹さん。秋頃、漁船がこのあたりまで見えましたから、その時人間に捕られたなら、もはや帰りっこはありませんよ。もし、こんど私がよく探して来て見つからなかったら、あきらめなさい。」と、風は言い残して馳・・・ 小川未明 「月と海豹」
・・・この人々は大概、いわゆる居所不明、もしくは不定な連中であるから文公の今夜の行く先など気にしないのも無理はない。しかしあの容態では遠からずまいってしまうだろうとは文公の去ったあとでのうわさであった。「かわいそうに。養育院へでもはいればいい・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・それですからもし、お幸を連れて逃げでもすれば、行く先どんな苦労をするかも知れず、それこそ女難のどん底に落ちてしまうと、一念こうなりましてはかけおちもできなくなったのでございます。 それで四苦八苦、考えに考えぬいた末が、一人で土地を逃げる・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 学生時代に汚れた快楽に習慣づけられた青年の行く先きは必ず有望なものでない。それは私の周囲に幾多の例証がある。社会的にも、人間的にも凡俗に堕ちて行っている。その原因は肉体的快楽を知ることによって、あまりに大人となり、学窓の勉強などが子ど・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・私のすぐあとから、すこしおくれて姪や末子もついて来た。私は太郎の耕しに行く畠がどっちの方角に当たるかを尋ねることすら楽しみに思いながら歩いた。私の行く先にあるものは幼い日の記憶をよび起こすようなものばかりだ。暗い竹藪のかげの細道について、左・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ おかあさんは鳩の歌に耳をかたむけて、その言うことばがよくわかっていたのですから、この屋敷を出て行くにつけても行く先が知れていました。 重い手かごを門の外に置いて、子どもを抱き上げて、自分と海岸との間に横たわる広野をさしておかあさん・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・嫂や英治さんの優しいすすめに依って母も、私たちと一緒に、五所川原まで行く事になったのである。行く先は叔母の家である。私はそこに一泊する事になっていた。北さんも、そこに一泊してそうして翌る日から私と二人で、浅虫温泉やら十和田湖などあちこち遊び・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・もはや、それこそ蜘蛛の巣のように、自分をつかまえる網が行く先、行く先に張りめぐらされているのかも知れぬ。しかし、自分にはまだ金がある。金さえあれば、つかのまでも、恐怖を忘れて遊ぶ事が出来る。逃げられるところまでは、逃げてみたい。どうにもなら・・・ 太宰治 「犯人」
・・・ 鋏の進んで行く先から無数の小さなばったやこおろぎが飛び出した。平和――であるかどうか、それはわからぬが、ともかくも人間の目から見ては単調らしい虫の世界へ、思いがけもない恐ろしい暴力の悪魔が侵入して、非常な目にも止まらぬ速度で、空をおお・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
出典:青空文庫