・・・ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、数限もない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。陀多はこれを見ると、驚いたのと恐しいのとで、しばらくはただ、莫・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・――この行列は、監物の日頃不意に備える手配が、行きとどいていた証拠として、当時のほめ物になったそうである。 それから七日目の二十二日に、大目付石河土佐守が、上使に立った。上使の趣は、「其方儀乱心したとは申しながら、細川越中守手疵養生不相・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・楔形文字のような、妙な字が行列した、所謂ゾイリア日報なるものである。僕は、この不思議な文字を読み得る点で、再びこの男の博学なのに驚いた。「不相変、メンスラ・ゾイリの事ばかり出ていますよ。」彼は、新聞を読み読み、こんな事を云った。「ここに・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・……掬い残りの小こい鰯子が、チ、チ、チ、……青い鰭の行列で、巌竃の簀の中を、きらきらきらきら、日南ぼっこ。ニコニコとそれを見い、見い、身のぬらめきに、手唾して、……漁師が網を繕うでしゅ……あの真似をして遊んでいたでしゅ。――処へ、土地ところ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ で、何の事はない、虫眼鏡で赤蟻の行列を山へ投懸けて視めるようだ。それが一ツも鳴かず、静まり返って、さっさっさっと動く、熊笹がざわつくばかりだ。 夢だろう、夢でなくって。夢だと思って、源助、まあ、聞け。……実は夢じゃないんだが、現在・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・路ばたでも竹の子のずらりと明るく行列をした処を見掛けるが、ふんだんらしい、誰も折りそうな様子も見えない。若竹や――何とか云う句で宗匠を驚したと按摩にまで聞かされた――確に竹の楽土だと思いました。ですがね、これはお宅の風呂番が説破しました。何・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ やがてある町へくると、あちらから、ひろめ屋の行列がきた。車引きも男もぼんやりと立ち止まってともに見とれているひまに、乞食の子は車を飛びおりて、村へ帰ってしまった。 ある朝、乞食の子が森の中で目をさますと、頭の上で、つばめがこういっ・・・ 小川未明 「つばめと乞食の子」
・・・エグジスタンシアリスムという言葉は、巴里では地下鉄の中でも流行語になっているということだが、日本では本屋の前に行列が作られるのは、老大家をかかえた岩波アカデミズム機関誌の発売日だけである。日本もフランスも共に病体であり、不安と混乱の渦中にあ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・それからお経が始まり、さらに式場が本堂前に移されて引導を渡され、焼香がすんですぐ裏の墓地まで、私の娘たちは造花など持たされて形ばかしの行列をつくり、そこの先祖の墓石の下に埋められた。お団子だとか大根の刻んだのだとかは妻が用意してきてあった。・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ 何があんな花弁を作り、何があんな蕊を作っているのか、俺は毛根の吸いあげる水晶のような液が、静かな行列を作って、維管束のなかを夢のようにあがってゆくのが見えるようだ。 ――おまえは何をそう苦しそうな顔をしているのだ。美しい透視術じゃ・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
出典:青空文庫