・・・まだ六ツか七ツの時分、芝の増上寺から移ってこの伝通院の住職になった老僧が、紫の紐をつけた長柄の駕籠に乗り、随喜の涙に咽ぶ群集の善男善女と幾多の僧侶の行列に送られて、あの門の下を潜って行った目覚しい光景に接した事があった。今や Dmocrat・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・坂の上から転がり出す、すると不思議やな左の方の屋敷の内から拍手して吾が自転行を壮にしたいたずらものがある、妙だなと思う間もなく車はすでに坂の中腹へかかる、今度は大変な物に出逢った、女学生が五十人ばかり行列を整えて向からやってくる、こうなって・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・覗いて見ると底の見えない絶壁を、逆さになった豚が行列して落ちて行く。自分がこのくらい多くの豚を谷へ落したかと思うと、庄太郎は我ながら怖くなった。けれども豚は続々くる。黒雲に足が生えて、青草を踏み分けるような勢いで無尽蔵に鼻を鳴らしてくる。・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・ 大方はすゝきなりけり秋の山 伊豆相模境もわかず花すゝき 二十余年前までは金紋さき箱の行列整々として鳥毛片鎌など威勢よく振り立て振り立て行きかいし街道の繁昌もあわれものの本にのみ残りて草刈るわらべの小道一筋を除きて外は草・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ * 三疋がカン蛙のおうちに着いてから、しばらくたって、ずうっと向うから、蕗の葉をかざしたりがまの穂を立てたりしてお嫁さんの行列がやって参りました。 だんだん近くになりますと、お父さんにあたるがん郎がえるが・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・として感覚されていないことは、警官の見事な武装行列とあばれ振りでよく分ってきています。 日本のこういう文化的下地は、実に重大な特徴です。この下地があるからこそ日本のファシズムが、左からまわって――共産主義の批判ということを正面にたてて―・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・この作品の書かれた時から数えれば、既に二十七年間に及ぶ作家生活の閲歴が「黒い行列」の背後に横わっていることを私達は知ります。 このように時間の推移を逆にさかのぼって、今日あるあなたという一人の婦人作家の性質を考えて見ると、私達は、あ・・・ 宮本百合子 「含蓄ある歳月」
従四位下左近衛少将兼越中守細川忠利は、寛永十八年辛巳の春、よそよりは早く咲く領地肥後国の花を見すてて、五十四万石の大名の晴れ晴れしい行列に前後を囲ませ、南より北へ歩みを運ぶ春とともに、江戸を志して参勤の途に上ろうとしている・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・その三年目がエエリヒ・シュミット総長の下に、大学の三百年祭をする年に当ったので、秀麿も鍔の嵌まった松明を手に持って、松明行列の仲間に這入って、ベルリンの町を練って歩いた。大学にいる間、秀麿はこの期にはこれこれの講義を聴くと云うことを、精しく・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・を記念する酔舞の行列は、欧米風の高層建築の並んだ通りをもなお練って行くのである。 お城を讃えると人はすぐに封建時代の讃美として非難するかもしれない。しかしお城が偉大さを印象すると主張することは、封建時代を呼び返そうとすることでもなければ・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫