・・・しかし我我人間は衣食住の便宜を失った為にあらゆる苦痛を味わっている。いや、衣食住どころではない。一杯のシトロンの飲めぬ為にも少からぬ不自由を忍んでいる。人間と云う二足の獣は何と云う情けない動物であろう。我我は文明を失ったが最後、それこそ風前・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・今後、幾百年かの星霜をへて、文明はますます進歩し、物質的には公衆衛生の知識がいよいよ発達し、一切の公共の設備が安固なのはもとより、各個人の衣食住もきわめて高等・完全の域に達すると同時に、精神的にもつねに平和・安楽であって、種々の憂悲・苦労の・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ての疾病を防ぎ総ての禍災を避くべき完全の注意と方法と設備とを要するからである、今後幾百年かの星霜を経て、文明は益々進歩し、物質的には公衆衛生の知識愈々発達し、一切公共の設備の安固なるは元より、各個人の衣食住も極めて高等・完全の域に達すると同・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・私は高等学校一年の時、既に粋人たらむ事の不可能を痛感し、以後は衣食住に就いては専ら簡便安価なるものをのみ愛し続けて来たつもりなのである。けれども私は、その身長に於いても、また顔に於いても、あるいは鼻に於いても、確実に、人より大きいので、何か・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・私は、衣食住に就いては、全く趣味が無い。大いに衣食住に凝って得意顔の人は、私には、どうしてだか、ひどく滑稽に見えて仕様が無いのである。 太宰治 「無趣味」
・・・おかげで僕なんかは、こんな時代でも衣食住に於いて何の不自由も感じないで暮して来ましたからね。物が足りない物が足りないと言って、闇の買いあさりに狂奔している人たちは、要するに、工夫が足りないのです。研究心が無いのです。このお隣りの畳屋にも東京・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・ 日本人の日常生活 まず衣食住の中でもいちばんだいじな食物のことから考えてみよう。 太古の先住民族や渡来民族は多く魚貝や鳥獣の肉を常食としていたかもしれない。いつの時代にか南洋またはシナからいろいろな農法が伝わり・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・丸善が精神の衣食住を供給しているならば三越や魚河岸は肉体の丸善であると言ってもいいわけである。 三越の玄関の両側にあるライオンは、丸善の入り口にある手長と足長の人形と同様に、むしろないほうがよいように思われる。玄関の両わきには何か置かな・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・建築ならば衣食住の一つで世の中になくて叶わぬのみか、同時に立派な美術である。趣味があると共に必要なものである。で、私はいよいよそれにしようと決めた。 ところが丁度その時分の同級生に、米山保三郎という友人が居た。それこそ真性変物で、常に宇・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・さてその事実を極端まで辿って行くと、いっさい万事自分の生活に関した事は衣食住ともいかなる方面にせよ人のお蔭を被らないで、自分だけで用を弁じておった時期があり得るという推測になる。人間がたった一人で世の中に存在しているということは、ほとんど想・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
出典:青空文庫