・・・それを見物に行く町の若い衆達のうちには不思議な嗜被虐性変態趣味をもった仲間が交じっていたようである。というのは、昔からの国の習俗で、この日の神聖な早乙女に近よってからかったりする者は彼女達の包囲を受けて頭から着物から泥を塗られ浴びせられても・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・人民は、被虐病者ではない筈である。 真面目な若い一人の特攻隊長が、自身の責任と人民の不幸とに刺戟されて、社会的解毒剤たる共産党に入党したという記事があった。若き率直さをほむべきかな。「選挙対策」に腐心して、一歩一歩人民の真の必要から離れ・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・それも、或る種の娘さんの性格や感情には一つの快感であるのかもしれないけれども、そこには極めて微妙な女性の被虐的美感への傾倒も感じられなくはない。能の、動きの節約そのものの性質のなかには、明らかに日本の中世の社会生活からもたらされた被虐性、情・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・は物語の様式をつかわれて、同じ耽美的の被虐性を描くにしても往年のこの作者が試みた描写での執拗な追究、創造は廃されている。 谷崎潤一郎がこの作品に触れての感想で、自分も年を取ったせいか描写でゆく方法が億劫になって来たという意味の言葉を洩し・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
出典:青空文庫