・・・ 自己弁護なんかじゃ無いと、急いで否定し去っても、心の隅では、まあそんな事に成るのかも知れないな、と気弱く肯定しているものもあって、私は、書きかけの原稿用紙を二つに裂いて、更にまた、四つに裂く。「私は、こういう随筆は、下手なのでは無いか・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・ ものかいて扇ひき裂くなごり哉 ふたみにわかれ十九日。 十月十三日より、板橋区のとある病院にいる。来て、三日間、歯ぎしりして泣いてばかりいた。銅貨のふくしゅうだ。ここは、気ちがい病院なのだ。となりの部屋の若旦那は、・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・稽古唄の文句によって、親の許さぬ色恋は悪い事であると知っていたので、初恋の若旦那とは生木を割く辛い目を見せられても、ただその当座泣いて暮して、そして自暴酒を飲む事を覚えた位のもの、別に天も怨まず人をも怨まず、やがて周囲から強られるがままに、・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・「なに、僕が裂くから丸めて抛げてくれたまえ。風で飛ぶと、いけないから、堅く丸めて落すんだよ」「じくじく濡れてるから、大丈夫だ。飛ぶ気遣はない。いいか、抛げるぜ、そら」「だいぶ暗くなって来たね。煙は相変らず出ているかい」「うん・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・眼を遮らぬ空の二つに裂くる響して、鉄の瘤はわが右の肩先を滑べる。繋ぎ合せて肩を蔽える鋼鉄の延板の、尤も外に向えるが二つに折れて肉に入る。吾がうちし太刀先は巨人の盾を斜に斫って戞と鳴るのみ。……」ウィリアムは急に眼を転じて盾の方を見る。彼の四・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・あたかも闇を裂く稲妻の眉に落つると見えて消えたる心地がする。倫敦塔は宿世の夢の焼点のようだ。 倫敦塔の歴史は英国の歴史を煎じ詰めたものである。過去と云う怪しき物を蔽える戸帳が自ずと裂けて龕中の幽光を二十世紀の上に反射するものは倫敦塔であ・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・その句、行き/\てこゝに行き行く夏野かな朝霧や杭打つ音丁々たり帛を裂く琵琶の流れや秋の声釣り上げし鱸の巨口玉や吐く三径の十歩に尽きて蓼の花冬籠り燈下に書すと書かれたり侘禅師から鮭に白頭の吟を彫る秋風の呉人・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・そらはすっかり白くなり、風はまるで引き裂くよう、早くも乾いたこまかな雪がやって来ました。そこらはまるで灰いろの雪でいっぱいです。雪だか雲だかもわからないのです。 丘の稜は、もうあっちもこっちも、みんな一度に、軋るように切るように鳴り出し・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
・・・穂吉のお母さんの梟はまるで帛を裂くように泣き出し、一座の女の梟は、たちまちそれに従いて泣きました。 それから男の梟も泣きました。林の中はただむせび泣く声ばかり、風も出て来て、木はみなぐらぐらゆれましたが、仲々誰も泣きやみませんでした。星・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・でそんなら門歯は何のため、門歯は食物を噛み取る為臼歯は何のため植物を擦り砕くため、犬歯はそんなら何のためこれは肉を裂くためです。これでお判りでしょう。臼歯は草食動物にあり犬歯は肉食類にある。人類に混食が一番適当なことはこれで見てもわかるので・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫