・・・ 私の囲りには常にめぐみと友愛と骨肉のいかなる力も引き割く事の出来ない愛情の連鎖がめぐって居るではないか。 実に感謝すべき事である。 夢の如く生れて音もなく消え去った私の妹の短かい、何の足跡も残さない一生涯を見るにつけ、知らず知・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・働く人民にとって、こういう風に互の一致を裂くように仕向けられているということは、十分注意しなければならない点である。 農民と都市の勤労者との間にも、同じような離間の方法がとられている。精根つくして自分で米をつくっている農民が、強制供出に・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・という一言を、身を割くように思いながら与えたのは、勢いやむことを得なかったのである。 自分の親しく使っていた彼らが、命を惜しまぬものであるとは、忠利は信じている。したがって殉死を苦痛とせぬことも知っている。これに反してもし自分が殉死を許・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・これは少し牛刀鶏を割く嫌がある。その上厳めしい配達の為方が殺風景である。そういう時には走使が欲しいに違ない。会杜の徽章の附いた帽を被って、辻々に立っていて、手紙を市内へ届けることでも、途中で買って邪魔になるものを自宅へ持って帰らせる事でも、・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫