・・・人民もし反射の阿多福を見てその厭うべきを知らば、自から装うて美人たらんことを勉むべし。無智の人民を集めて盛大なる政府を立つるは、子供に着するに大人の衣服をもってするが如し。手足寛にしてかえって不自由、自から裾を踏みて倒るることあらん。あるい・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・世間或は人目を憚りて態と妻を顧みず、又或は内実これを顧みても表面に疏外の風を装う者あり。たわいもなき挙動なり。夫が妻の辛苦を余処に見て安閑たるこそ人倫の罪にして恥ず可きのみならず、其表面を装うが如きは勇気なき痴漢と言う可し。一 女子少し・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・仮令えあるいは種々様々の事情によりて外面の美を装うことなきにあらずといえども、一点の瑕瑾、以て全璧の光を害して家内の明を失い、禍根一度び生じて、発しては親子の不和となり、変じては兄弟姉妹の争いとなり、なお天下後世を謀れば、一家の不徳は子々孫・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・少しふるえる様な強いて装うた平気さで云う。精女 マア、――何と云う事でございましたろう、とんだ失礼を、――御ゆるし下さいませ。しとやかなおちついた様子で云う。そしてそのまんま行きすぎ様とする。第二の精霊 マア・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ まして何の色彩もない自己を装う事をしらない子供はありのままの自分をいつでも誰にでもさらけ出す。 子供特有の無邪気さはあってもそれをよけい美くしくする麗わしい容貌がいるものである。たしかに私はそれを信じて居る。 子供と云うものが・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 同じ歴史のうちに生きながら、共産主義者の負う運命は、さながら自身の良心の平安と切りはなし得るものであるかのように装う、最も陳腐な自己欺瞞と便宜主義が、日本の現代文学の精神の中にある。この天皇制の尾骨のゆえに、一九四〇年ごろのファシズム・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・婦人の生活も、自分の支配者である男のために、女らしさを粧うのではなく、ほんとうに人民の幸福をうちたててゆく道で互に頼りになる男女として、ほんとうに女らしく生きられる条件をつくり出してゆく情熱でなければならない。のぞましい社会の招来のために、・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ 又、腹の中では舌を出しながら、歓心を得ようが為許りに丁寧にし、コンベンショナルな礼を守り、一廉の紳士らしく装う男子に祭りあげられるのは、女性として如何に恥ずべきことか、と云うことも知っています。正当以上――過度に、尊敬、優遇されること・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 善さそうな声や、愛嬌のある微笑を湛えながら、それ等は優しいしとやかな姿を装うて来る。 彼女は自分の信じている人々――その人達はいつも善く正しいものだと許り思っていた人が――言葉とはまるで反対のことを平気でしているのを見た。 可・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・彼は内心に喜んでいながら恥じたらしく装う。歓喜を苦痛として表現する。すべてが嘘である。――Kはその軟弱な意志のゆえに Aesthet として生きている。彼は他の世界にはいろうとしてつまずく。そうして常に官能の世界に帰って来る。しかしそこでも・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫