目のあらい簾が、入口にぶらさげてあるので、往来の容子は仕事場にいても、よく見えた。清水へ通う往来は、さっきから、人通りが絶えない。金鼓をかけた法師が通る。壺装束をした女が通る。その後からは、めずらしく、黄牛に曳かせた網代車・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・その間に、この、あの、烏の装束をお誂え遊ばしました。そして私がそれを着て出まして、指環を受取りますつもりなのでございましたが、なぶってやろう、とおっしゃって、奥様が御自分に烏の装束をおめし遊ばして、塀の外へ――でも、ひょっと、野原に遊んでい・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 烏帽子もともにこの装束は、織ものの模範、美術の表品、源平時代の参考として、かつて博覧会にも飾られた、鎌倉殿が秘蔵の、いずれ什物であった。 さて、遺憾ながら、この晴の舞台において、紫玉のために記すべき振事は更にない。渠は学校出の女優・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・地形がいい工合に傾斜を作っている原っぱで、スキー装束をした男が二人、月光を浴びながらかわるがわる滑走しては跳躍した。 昼間、子供達が板を尻に当てて棒で揖をとりながら、行列して滑る有様を信子が話していたが、その切り通し坂はその傾斜の地続き・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 私はもう往来を軽やかな昂奮に弾んで、一種誇りかな気持さえ感じながら、美的装束をして街を歩した詩人のことなど思い浮かべては歩いていた。汚れた手拭の上へ載せてみたりマントの上へあてがってみたりして色の反映を量ったり、またこんなことを思った・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・朝々の定まれる業なるべし、神主禰宜ら十人ばかり皆厳かに装束引きつくろいて祝詞をささぐ。宮柱太しく立てる神殿いと広く潔らなるに、此方より彼方へ二行に点しつらねたる御燈明の奥深く見えたる、祝詞の声のほがらかに澄みて聞えたる、胆にこたえ身に浸みて・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ その前夜、東京に夜間の焼夷弾の大空襲があって、丸山君は、忠臣蔵の討入のような、ものものしい刺子の火事場装束で、私を誘いにやって来た。ちょうどその時、伊馬春部君も、これが最後かも知れぬと拙宅へ鉄かぶとを背負って遊びにやって来ていて、私と・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・と鳶の頭清五郎がさしこの頭巾、半纒、手甲がけの火事装束で、町内を廻る第一番の雪見舞いにとやって来た。「へえッ、飛んでもねえ。狐がお屋敷のをとったんでげすって。御維新此方ア、物騒でげすよ。お稲荷様も御扶持放れで、油揚の臭一つかげねえもんだ・・・ 永井荷風 「狐」
・・・火事の起らない先に火事装束をつけて窮屈な思いをしながら、町内中駈け歩くのと一般であります。必竟ずるにこういう事は実際程度問題で、いよいよ戦争が起った時とか、危急存亡の場合とかになれば、考えられる頭の人、――考えなくてはいられない人格の修養の・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・物蔭の小高いところから、そちらを見下すと、そこには隈なく陽が照るなかに、優美な装束の人たちが、恭々しいうちにも賑やかでうちとけた供まわりを随えて、静かにざわめいている。 黒い装束の主人たる人物は、おもむろに車の方へ進んでいる。が、まだ牛・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
出典:青空文庫