・・・病院の会計の叔父の妹がどうとかしたから、見合わせてそのじいの倅の友だちの叔父の神田の猿楽町に錠前なおしの家へどうとかしたとか、なんとか言うので、何度聞き直しても、八幡の藪でも歩いているように、さっぱり要領が得られないので弱っちまった。いまだ・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・社会問題攻究論者などは、口を開けば官吏の腐敗、上流の腐敗、紳士紳商の下劣、男女学生の堕落を痛罵するも、是が救済策に就ては未だ嘗って要領を得た提案がない、彼等一般が腐敗しつつあるは事実である、併しそれらを救済せんとならば、彼等がどうして相・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・れで国府津へは三度目だが、なかなかいいところだとか、僕が避暑がてら勉強するには持って来いの場所だとか、遊んでいながら出来る仕事は結構で羨ましいとか、お袋の話はなかなかまわりくどくって僕の待ち設けている要領にちょっとはいりかねた。 吉弥は・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・我々鈍漢が千言万言列べても要領を尽せない事を緑雨はただ一言で窮処に命中するような警句を吐いた。警句は天才の最も得意とする武器であって、オスカー・ワイルドもメーターランクも人気の半ばは警句の力である。蘇峰も漱石も芥川龍之介も頗る巧妙な警句の製・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ 某日、軽部の同僚と称して、蒲地某が宗右衛門の友恵堂の最中を手土産に出しぬけに金助を訪れ、呆気にとられている金助を相手によもやまの話を喋り散らして帰って行き、金助にはさっぱり要領の得ぬことだった。ただ、蒲地某の友人の軽部村彦という男が品・・・ 織田作之助 「雨」
・・・その証拠には浪花節が上手でも、逆立ちが下手でも、とにかく兵隊としての要領の拙さでは逕庭がなかった。ことに命令されたことをテキパキ実行できないというへまさ加減では、この二人に並ぶ者はない。おまけに兵隊にあるまじいことには、兵隊につきものの厚か・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・そう言って蝶子は頸筋を掴んで突き倒し、肩をたたく時の要領で、頭をこつこつたたいた。「おばはん、何すんねん、無茶しな」しかし、抵抗する元気もないかのようだった。二日酔いで頭があばれとると、蒲団にくるまってうんうん唸っている柳吉の顔をピシャリと・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・「一向要領を得ない!」と上村が叫けんだ。近藤は直に何ごとをか言い出さんと身構をした時、給使の一人がつかつかと近藤の傍に来てその耳に附いて何ごとをか囁いた。すると「近藤は、この近藤はシカク寛大なる主人ではない、と言ってくれ!」と怒鳴っ・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・そして兵卒は、叱りつけられ、つい、要領が悪いと鞭うたれるのだ。 彼は考えたものだ。上官にそういう特権があるものか! 彼は真面目に、ペコペコ頭を下げ、靴を磨くことが、阿呆らしくなった。 少佐がどうして彼を従卒にしたか、それは、彼がスタ・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ が、彼は、軍隊の要領は心得ていたので、本当の自分の心持は、誰れにも喋らず、偽札に憤慨したという噂は、流れ拡がるにまかせて、知らん顔をしていた。…… 七 鈴をつけた二十台ばかりの馬橇が、院庭に横づけに並んでいた・・・ 黒島伝治 「氷河」
出典:青空文庫