・・・ただいまは高原君が樺太旅行談つけたり海豹島などの話をされましたが実地の見聞談で誠に有益でもあり、かつ面白く聴いておりました。私のは諸君に興味または利益を与えるという点において、とても高原君ほどに参りませぬ。高原君は御覧の通りフロックコートを・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・一 女子は稚時より男女の別を正くして仮初にも戯れたることを見聞しむべからず。古への礼に男女は席を同くせず、衣裳をも同処に置ず、同じ所にて浴せず、物を受取渡す事も手より手へ直にせず、夜行時は必ず燭をともして行べし、他人はいふに及ば・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・斯くなる上は、女子が父母に婚姻を勧めらるゝとき、自分の見聞広ければ配偶の可否を答うるも易く、又或は其身躬から意に適したる者を認め得たるときも、極内々に父母に語るか、又は窃に人を以て言わしむるかして、親子共に非常の便利ある可し。固より願わしき・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・我輩は親しくその国人の言に聞きたることもあり、またその著書・新聞紙上に見たることもありて、誠に珍しからずといえども、然りといえども日本男子はこの西洋社会の醜行醜聞を見聞して如何の感をなすや。これを醜なりとするか、はた美なりとするか。我輩の聞・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・消極的美をもって美の全体と思惟せるはむしろ見聞の狭きより生ずる誤謬ならんのみ。日本の文学は源平以後地に墜ちてまた振わず、ほとんど消滅し尽せる際に当って芭蕉が俳句において美を発揮し、消極的の半面を開きたるは彼が非凡の才識あるを証するに足る。し・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・前線へもゆきたがる作家を、陸軍の従軍報道班の人々は忍耐をもって、適当に案内し、見聞させ「戦争がその姿をあらわして来た」と亢奮をも味わせている。軍人は戦い、そして勝たなければならないという明瞭な目的によって貫かれている。居留民はそこにおける地・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・階級的にどう生きるべきかということを自分に教えたのも、この三年間の見聞の結果だ。自分は本からの理窟でなく、日常の生活から、体でそれを学んだ。 ところで、この旅行記一巻の中に、そのように一人の日本女をこね直したほど強力な、ソヴェト同盟の社・・・ 宮本百合子 「若者の言葉(『新しきシベリアを横切る』)」
・・・この筆者は警視庁の特高課から手記を出版されたパンフレットの執筆者で、モスクから脱出してきた見聞記と称して「モスク」を発表した。また、トロツキーの「裏切られた革命」を大綜合雑誌が別冊附録としたようなジャーナリズムの気風についても見のがしていな・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・ 某はこれ等の事を見聞候につけ、いかにも羨ましく技癢に堪えず候えども、江戸詰御留守居の御用残りおり、他人には始末相成りがたく、空しく月日の立つに任せ候。然るところ松向寺殿御遺骸は八代なる泰勝院にて荼だびせられしに、御遺言により、去年正月・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・ことに餓えたるものにとっては、些細な見聞も実に鋭敏な暗示として働きます。しかも恋愛や性慾が人間の性質の内で特にこのように刺激されなければならないわけはないのです。それは刺激されなくとも必要なだけには成長するのです。で、この方面にはむしろ鎮静・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫