・・・自分は貧乏なればこそ物に囚れず、従ってこの気安さがあり、自然の美に親しむことが出来るのでありましょう。 いま私は陣々たる春風に顔を吹かせて、露台に立っています。 そして水盤の愛する赤い石をながめながら我が死後、幾何の間、石はこのまま・・・ 小川未明 「春風遍し」
・・・曾て自から高しとしたにかゝわらず、いまや、脆くも、その誇りを捨て、ジャナリズムに追従せんと苦心する文筆家が、即ちそれであるが、文章に、自然なところがなく、また明朗さがなく、風格がなく、何等個性の親しむべきものなきを、如何ともすることができな・・・ 小川未明 「読むうちに思ったこと」
・・・ 長屋の者は大通りに住む方とは違いまして、御承知でもございましょうが、互いに親しむのが早いもので、私が十二軒の奥に移りますと間もなく、十二軒の人は皆な私に挨拶するようになりました。 その中でも前に住む大工は年ごろが私と同じですし、朝・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 私はしかし、小さい頃から和やかな瀬戸内海の自然に親しむよりは、より多く人間と人間との関係を見て大きくなった。貧しい者の悲しみや、露骨なみにくい競いや、諂いをこれ事としている人間を見て大きくなった。慾のかたまりのような人間や、狡猾さが鼻・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・ 次第に、私は子供の世界に親しむようになった。よく見ればそこにも流行というものがあって、石蹴り、めんこ、剣玉、べい独楽というふうに、あるものははやりあるものはすたれ、子供の喜ぶおもちゃの類までが時につれて移り変わりつつある。私はまた、二・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・日頃台所にいて庖丁に親しむことの好きなお三輪は、こういう日にこそ伜や親戚を集め、自分の手作りにしたもので一緒に記念の食事でもしたいと思ったが、それも叶わなかった。親戚も多く散り散りばらばらだ。お三輪と同じように焼出された親戚の中には、東京の・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・としの若いやつと、あまり馴れ親しむと、えてしてこんないやな目に遭う。 私はもういちど旅館の玄関から入り直して、こんどはあかの他人の一旅客としてここに泊って、ぜが非でも勘定をきちんと支払い、そうして茶代をいやというほど大ふんぱつして、この・・・ 太宰治 「母」
・・・それがためには、しばらく絵筆をすてて物に親しむ事に多くの時を費やす必要がある。 海老原氏の変った絵がある。こういう種類の絵が、作者にどれほど必然であるか、が何時でも自分には分らない。例えばルソオなどという人はおそらく、ああいう絵より・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
・・・ろから陰気な性で、こんな騒ぎがおもしろくないから、いつものように宵のうちいいかげんごちそうを食ってしまうと奥の蔵の間へ行って戸棚から八犬伝、三国志などを引っぱり出し、おなじみの信乃や道節、孔明や関羽に親しむ。この室は女の衣装を着替える所にな・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・、従って夜はおそくまで、朝は早くから起床して勉強に取りかかるというような例はなく、それに私の家はごく平穏、円満な家庭であったから、いつでも勉強したいと思う時には、なんの障害もなく、静かに、悠乎と読書に親しむことができたので、特に勉強の時間を・・・ 寺田寅彦 「わが中学時代の勉強法」
出典:青空文庫