・・・このもう一人の人物が果して三浦の細君だったか、それとも女権論者だったかは、今になってもなお私には解く事の出来ない謎なのです。」 本多子爵はどこからか、大きな絹の手巾を出して、つつましく鼻をかみながら、もう暮色を帯び出した陳列室の中を見廻・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・あるいはまた、ドッペルゲンゲルと云う現象が、その疑を解くためには余りに異常すぎたせいもあるのに相違ございません。妻は私の枕もとで、いつまでも啜り上げて泣いて居ります。 そこで私は、前に掲げた種々の実例を挙げて、如何にドッペルゲンゲルの存・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・ 衝と手を伸して、立花が握りしめた左の拳を解くがごとくに手を添えつつ、「もしもの事がありますと、あの方もお可哀そうに、もう活きてはおられません。あなたを慕って下さるなら、私も御恩がある。そういうあなたが御料簡なら、私が身を棄ててあげ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 春と冬は水湧かず、椿の花の燃ゆるにも紅を解くばかりの雫もなし。ただ夏至のはじめの第一日、村の人の寝心にも、疑いなく、時刻も違えず、さらさらと白銀の糸を鳴して湧く。盛夏三伏の頃ともなれば、影沈む緑の梢に、月の浪越すばかりなり。冬至の第一・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・腹から割かっしゃるか、それとも背から解くかの、」と何と、ひたわななきに戦く、猟夫の手に庖丁を渡して、「えい、それ。」媼が、女の両脚を餅のように下へ引くとな、腹が、ふわりと動いて胴がしんなりと伸び申したなす。「観音様の前だ、旦那、許さっせ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・軍記物語の作者としての馬琴は到底『三国志』の著者の沓の紐を解くの力もない。とはいうものの『八犬伝』の舞台をして規模雄大の感あらしめるのはこの両管領との合戦記であるから、最後の幕を飾る場面としてまんざら無用でないかも知れない。 が、『八犬・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・雇い婆は二階へ上るし、小僧は食台を持って洗槽元へ洗い物に行くし、後には為さん一人残ったが、お光が帯を解く音がサヤサヤと襖越しに聞える。「お上さん」と為さんは声をかける。「何だね?」と襖の向うでお光の返事。「お上さんはどこへ行った・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・そして夜中用事がなくても呼び起すので、登勢は帯を解く間もなく、いつか眼のふちは黝み、古綿を千切って捨てたようにクタクタになった。そして、もう誰が見ても、祝言の夜、あ、螢がと叫んだあの無邪気な登勢ではなかったから、これでは御隠居も追いだせまい・・・ 織田作之助 「螢」
・・・それはあるいはK君の死の謎を解く一つの鍵であるかも知れないと思うからです。 それはいつ頃だったか、私がNへ行ってはじめての満月の晩です。私は病気の故でその頃夜がどうしても眠れないのでした。その晩もとうとう寝床を起きてしまいまして、幸い月・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・渓流あり、淵あり、滝あり、村落あり、児童あり、林あり、森あり、寄宿舎の門を朝早く出て日の暮に家に着くまでの間、自分はこれらの形、色、光、趣きを如何いう風に画いたら、自分の心を夢のように鎖ざしている謎を解くことが出来るかと、それのみに心を奪ら・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
出典:青空文庫